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 あのランチをきっかけに、課長も菜摘のことをちょいちょい気にかけてくれるようになった。  そして、夏も近づいたある日。  菜摘は課長と2人で出張に出た。  仕事を終え、ホテルにチェックインしたところで、 「今夜、一緒に食事でもどう?」  突然、課長に誘われた。  ホテルのレストランで、と思っていた菜摘は、仕事の一環だろうと思って「はい」と答えたのだが、部屋に荷物を置き、待ち合わせ時間にフロント前に戻ると、 「じゃ、行こうか」  と、彼は外へ出ていこうとする。 「えっ、ホテルのレストランじゃないんですか?」  慌てて追いかけながら、彼の隣に並んで外へ出た。 「せっかく静岡まで来たんだ。ホテルもいいけど、外で食べよう」  地方都市の夜の街は、都内のように人が溢れていることもなく、ほどよい賑やかさだ。 「へえ。楽しみです!」  慶一課長と出会って、もうすぐ3カ月になる。人見知りな菜摘も、だいぶ打ち解けていた。  連れていってくれた店は、屋根に四角い煙突のある、北欧風の建物。 「本当はクリスマスに連れて来てあげたいところなんだけど……」  彼は、案内された席に座りながら、そんな言い方をした。  もちろん、今は燃えていないが、脇には暖炉もある。 「素敵なお店ですね」  店内を見回しながら、菜摘は言った。 「うん。昔、静岡支社にいた頃のお気に入りの店でね。3年ぶりかな」  彼も、懐かしそうに店内を見回した。  それから、料理を食べながら、いろいろな話をした。  今の奥さんとは、静岡支社時代に知り合ったのだと、彼は言った。 「じゃあ、奥さんとも来たんですか?」  菜摘の質問に、彼は微笑を浮かべて首を小さく振り、 「ここは、ちょっと特別な場所だから……」  とだけ言った。 「えー、奥さんでも来たことがないお店に、いいんですか?私となんか……」  ワインの酔いが回り、気持ちよくなって、段々饒舌になっていた私に、彼は、フッと乾いた笑いを浮かべ、 「気にしなくていいよ」  と言って、遠い目をした。  少し気まずくなってしまった菜摘は、じゃがいも料理を口に入れる。  ハッセルバックポテト。北欧の家庭料理だと、彼が説明してくれた。 「美味しいですね」 「だろ」  今度はちょっと得意げな顔を菜摘に向ける。  細かい切れ込みにベーコンやチーズが挟まれ、こんがり焼かれている。 「でも、奥さんの肉じゃがには敵わないんじゃないんですか?」  愛妻家で評判の彼を持ち上げるつもりで言ったのだが、 「妻の話はいいよ、ここでは」  そう言う彼の眉間に、かすかに皺が寄った。
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