【六月三日(木)】

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 豊かな緑を擁する大規模公園。烏の数の多いことは当然だ。しかし、この早朝にこれだけのざわめきを聞いたことは……。  アキは視線を上空へ投げた。―――と同時だった。 “ワァン!”  カラシの、高い音での吠え声が響いた。  彼は芝生を尻にし、 “ワァンワァン!”  普段まずもって聞くことのない、激しい咆哮を続けた。  視線は、芝生エリアの対岸に見えていた、子ども用レンタサイクルの小屋に、どうやら向けられている。  もちろん今は営業時間外。少し突きだしたカウンターの上の、横に広がる窓にもシャッターがおりており、コンクリート仕立ての建物には、これといって目的になるものはない。 “ウゥゥゥ……ウァワァンワァン!” 「カラシッ!」  突発した興奮を叱咤するが、唸りと咆哮は収まらない。  なんだというのか……。今まであの小屋など、気にしたこともなかったのに……。  新たな不審を抱いたアキは、仕方ないので抱きあげてここをゆきすぎようと、カラシに寄り、腰をかがめた。―――刹那、 “ワァン!”  いきなり脱兎のごとく駆けだしたカラシは、ロックしていた伸縮リードの持ち手を、アキの手から奪った。 「あっ!」  小型であっても、成犬の興奮時の力は、予想を超えていた。 「カラシッ!」  ピンと立っていた両耳はしかし、アキの思わず強まった声を受けつけなかった。  名前の由来である茶色がかった黄色の体毛は、瞬く間に小屋の裏へと消えた。 「なんなのよ、もう……」  自ずと出た言葉には、驚きと憤慨が混じった。  だが、小屋の隅からはみだしたまま動く気配のないリードの持ち手が、ひとまずの安堵をもたらした。逃走はしていない。  おとなしい性格の子なのに……。  こんなこと、一度たりともなかった……。  なにがあるっていうのよ、あの裏に……。  脳裡に羅列させたアキは、咄嗟に手に力が入らなかったのは、やはり歳のせいなのか……という焦燥も続け、リードに向かってアスファルトを横切った。  小屋の両サイドには、楠の大木が、長い距離に渡り等間隔で植栽されている。青々と繁らせている葉の密度の濃さで、その奥に広がる、甲子園の予選でも使用される球場の姿は、ほとんど覗けない。  低い位置から枝を広げているここの楠は、だから小屋の上部も緑で覆い、落ち葉の積もる土の地面にも、日中のほぼ、広く影をつくっている。
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