ギャップにときめく瞬間

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「部長、本当に申し訳ありませんでした」  無事に契約は成立。  だけどそれは全て部長のおかげで、私一人だったら大変な損失だった。  何度も深々と頭を下げる私に、部長はいつもの優しい笑みで言った。 「大丈夫ですよ。気にしないで」  どこまで神様なの。  文句の一つくらい言ってもいいのに。  ……それに、さっきの部長、凛々しくて格好良かった。  思い出すと、胸が大きく高鳴るほど。 「……飲みに行きましょうか」  そんなことを言う部長にキョトンとする。 「でも、部長お酒は……」 「大丈夫です。たまにはいいでしょ」  きっと私を励ます為に言ってくれてるんだ。  部長の優しさに感極まって、涙混じりに頭を下げた。 「ありがとうございます、是非」  部長が案内してくれたお洒落なバー。  取引先の人とたまに利用するらしい。  いつものほんわかな雰囲気とは真逆の場所が新鮮で、くすぐったさを覚える。 「何飲みますか?」 「じゃあ、おすすめのウイスキーをロックでください」  即答する私を、部長はふわりと笑った。  あまりにも可愛げがなさすぎたかな? 「じゃあ僕も同じものを」  バーテンダーさんにウイスキーを二杯注文する部長に、目を丸くする。 「部長、好きなものを頼んでください」  お酒が弱いのにウイスキーなんて。 「大丈夫です」  いつも通りニコニコする部長。  乾杯して、グラスに口をつける。  部長の様子が気になって、ついつい注目してしまう。  お酒が好きじゃないのなら、美味しく感じないのでは?  そんなふうに心配する私とは反して、部長は。 「うん。美味い」  とても自然に、ウイスキーを味わっている。  まるで、飲み慣れているみたいに。  グラスを揺らして、それを伏し目がちに見下ろす。  上品で大人の男性の雰囲気を醸し出す仕草に、思わず胸がドキッと大きく弾んだ。  目を奪われて、他のことを何も考えられないくらいに。 「今日は本当に申し訳ありません」  ハッと我に返り自分を戒めて、改めて部長に頭を下げた。  本当に、最低なミスを犯してしまった。  真鍋ちゃんのやったことかはまだわからないけれど、一番は確認しなかった自分が悪い。  やっぱりどんなに忙しくても、一人で最後までやり遂げるべきだった。 「もう、謝らないで。東城さんのせいじゃないでしょう」 「え……?」  部長は眉を下げて苦笑した。 「悪意ある嫌がらせでしょう。すぐにわかりました。東城さん、優秀だから妬まれることも多いし」 「そんな」  叱られるどころか、褒められてしまった。  どこまで優しいんだろう。 「違います。私が悪かったんです。大切な資料だったのに、確認を怠って」 「確かに、確認不足なのは東城さんの落ち度ですが、それでもね、部下を百パーセント信頼できるというのも、社会人として大事な才能だって思うんです」 「部長……」  さすが、部長は何もかもお見通しだ。  それに、彼の言葉には凄く説得力があった。  今まさに、部長は私のことを全力で信頼してくれているから。 「ありがとう……ございます……」  耐えきれずに涙が溢れた。  仕事で泣いたのは、これが初めてのことだった。 「大丈夫。泣かないで」 「すみませ……」  そっと、肩に触れた部長の手。  また勢いよく心臓が動く。  さっきからどうかしてる。  私、部長のことを男性として見てる。  意識してしまったらもう止められない。  私は、部長のことを。  少しずつ会話が弾んで、お酒をおかわりして。  びっくりするくらい楽しい時間だった。  それに、心も身体も火照り始め、お酒の力もあって妙な気分になってくる。  こんな気持ちになるのも、久しぶりすぎて。  ふいに部長と目が合う。  その目はいつもの柔らかい笑みではなくて、じっとりと熱を帯びているように感じる。  独特な色気に溢れていて、ごくりと固唾を飲み込んだ。  この人に抱かれたい。  なんと私は、そんな馬鹿なことを、漠然と、でもはっきりと思ってしまった。  それくらい、いつもと違う一面を見せる部長は魅力的だった。 「部長、恋人はいますか?」  私の単刀直入な質問に、部長は唖然とする。  彼はグラスを置いて、「いません」と笑った。  心の中でガッツポーズをして、腹を括る。 「……じゃあ、このあと……時間ありますか?」    はしたないとわかりつつも、部長の太腿にそっと手を置いた。  
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