部長のギャップは果てしない

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 それからすぐに帰省の日程は決まり、週末私の実家に二人で訪れることに。  実家も関東圏内なので、部長が乗せてくれた車で二時間もしないうちに着いた。  彼と一緒に実家に帰るなんて新鮮で、ふわふわと不思議な感覚に陥る。  庭掃除していたお向かいの奥さんが、部長を見るなり目を輝かせて手を振ってくれた。 「おかえり!」  チャイムを押した瞬間、バタバタと駆け寄る音が響き、母が出迎えた。  この時点で母は感極まっているようで、涙混じりに部長と握手する。  今までそんなに気にしていないふうに見えたのに、実は私のことを心配していたんだな、と、この時やっと気づいた。 「おかえり」 「アー」  リビングには妹の桃花と姪っ子の杏ちゃんが。  そしてダイニングテーブルの席で微動だにしない父の姿があった。 「……いらっしゃい」  ぼそりと言う父に、部長は頭を下げる。 「お邪魔します」  手土産を渡して、皆で席に着いた。 「………………」 「………………」  緊張感が漂う。  まるで本当に結婚の承諾を得るみたいに。 「……まあ、飲みましょう」  父がそう言って瓶ビールの栓を抜いたので噴き出した。 「ちょっとお父さん!」 「ありがとうございます。申し訳ないですが車で来ましたので」  そう丁重に断る部長に、父は真顔で言った。 「泊まっていけばいいじゃないか」 「えー!」  予想外にウェルカムな父に驚いて、でも少しホッとする。  今まで家族に恋人を紹介したことなんてなかったし、どんな反応をするのか見当がつかなかったから。   でも、いきなり家に泊まるというのは…… 「……じゃあ、お言葉に甘えて」 「えー!」  グラスを手に取る部長に絶句する。 「そうこなくっちゃ!」  母や桃花、杏ちゃんまでもが笑った。 「お父さんね、さくらの旦那さんとお酒飲むの楽しみにしてたのよ」 「お父さん……」  まだ旦那さんではないけど、そんなふうに思ってくれていたのは嬉しい。  自分の大切な人が、無条件に家族に受け入れられるというのはとても幸福だった。 「ありがとうございます。僕も嬉しいです」  部長も嬉しそうに笑う。  いつもの癒し系のニコニコとした笑顔ではなくて、本当に心から笑っているような気がした。  乾杯した後、改めてというように部長が口を開く。 「さくらさんとお付き合いさせていただいております、三神真澄です。これから二人で生活を共にしていきたいと思い、ご承諾いただきたく、ご挨拶に伺いました」 「それって、さくらと」  お母さんの声に、部長は頷く。 「もちろん、僕は結婚したいと考えています」  揺るぎない眼差しに胸が高鳴る。  こんなにハッキリと誠実に、私との結婚を考えてくれるなんて。 「ただ、さくらさんの気持ちを大切にしたいので、タイミングはいつまでも待ちます」 「お姉ちゃんもう今すぐ結婚しちゃいなよー」 「アー!」  桃花達に煽られ、熱くなった顔で俯く。  そりゃ、私だって結婚したくないわけじゃないけど。  仕事のこともあるし、何より展開が早すぎて。 「……僕はバツイチで、不甲斐ない男かもしれません」  そこでまたビールを噴き出す。  まさかそんなことまで。  隠しておいてもいいのに。 「ですが、これからもさくらさんに育ててもらいながら、さくらさんのことを、二人で過ごす時間を大切にしていきたいと思っています」  部長らしい言葉に胸を打たれて、きゅっと締めつけられた。    この先一緒に生きていきたいのは、この人だけだ。  改めてそう思い知る。 「……さくらを宜しくお願いします」  深々と頭を下げる父と母に、涙がじわりと浮かんだ。    
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