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プロローグ
大学キャンパス内の学食で昼食を取った朝倉大樹は五限目の講義に向かう途中、賑やかな囀りを耳にして足を止めた。どこから聞こえるのかと校舎二階の窓から外を眺めると、中庭のテラス席にいる派手な頭髪の集団が目に入った。青、黄色、オレンジ……とカラフルな集団の中に、大樹は元気に笑う緑頭の青年を見つけた。
ぼんやりと外を眺めている大樹に気づいた友人の一人が同じように窓の外を見て「あっ!」と明るい声をあげた。
「インコちゃんの群れだ! 可愛い〜」
「え〜! どこどこ?」
一緒に移動していた他の友人達もワラワラと窓際に集まってきて、皆一様に窓の外の一際目立つ集団に視線を向けた。
「本当だ! すごい髪色ー!」
「俺、インコの獣人って初めて見たかも」
「みんなで日向ぼっこしてるのかな?」
どこか上からな友人達の言葉が左から右へ耳を通り抜けていく。大樹の視覚も聴覚も、今は緑のインコの青年に集中していた。
この世界は我々が暮らす星と全く同じようでほんの少しだけ異なる、獣人と呼ばれる種族が存在する世界。彼らがどのようにして産まれたのかは未だ解明されていない。一説によると、宇宙のある星が消滅する時に箱舟に乗って避難することができた人間と動物達がこの星に辿り着き、新たな繁栄を祈って交わったと言われているが、これは御伽噺の一つに過ぎない。現在に至るまでたくさんの研究が行われ医学的にも文明的にも進歩を遂げたが、わかっていないことも多く、起源種の特徴が身体や能力にどの程度現れるかも各個体によって様々だ。そしてどの個体にも潜在意識として食物連鎖的なヒエラルキーが存在する。過去には種族間の偏見や差別も多かったと聞くが、今では多くの人が多様性を理解し公平で安全な社会を営んでいた。
この春から名門芸術大学の建築学科に通っている大樹は狼を起源種とする獣人だ。短く刈り込まれた黒髪に程よく鍛えられた体からは黒い耳と尾が生えている。涼やかな目元の精悍な顔つきからはどこか狼の面影が感じられ小型の動物を起源種とする人達からは本能的に避けられがちだが、穏やかで真面目な性格の持ち主だった。
2階の窓で友人達が騒いでいると、インコの群れの一人がこちらに気づき、インコ達は驚き慌てた様子でその場を去ってしまった。大樹が連んでいるグループは主に肉食動物を起源種とする者が多く、小鳥達からしたら威圧感しかないだろう。
皆口々に「行っちゃったー」とか「お前の顔が怖かったんだよ」など軽口を叩くも、すぐに興味を失い次の教室への移動を再開した。大樹も友人達に促され後ろ髪を引かれながらその場を後にする。
(すごくキレイな髪だったな……)
少し暗めの緑色の髪がサラサラと揺れる姿を思い返す。耳に届いた男にしては少し高めの声に胸がくすぐられた。
(同じ大学だし、またどこかで会えるかも)
大樹の心に青年に対する興味が少しずつ芽生え始めていた。次見かけたら髪を近くで見せてもらえないだろうか、と控えめな期待を胸に抱きながら大樹は先を行く友人達の後を追った。
大樹がインコの青年と再開する機会はすぐに訪れた。
その日、次の講義まで時間が空いていた大樹は中庭のベンチで読書をしていた。木々に囲まれた中庭は緑豊かな芝生広場になっていて学生や周辺住民の憩いの場として親しまれており、中庭の隅の木陰のベンチは大樹のお気に入りの場所だ。
しばらく集中して小説を読んでいた大樹が本から顔を上げて凝った体を伸ばしていると、どこからか複数の男の声が聞こえてきた。普段ならそこまで気にしなかっただろうが、聞き覚えのある声に気づき大樹は声のする方へ意識を集中させた。
3人のチャラついた男の声に、怯えた男の声。その声が男にしては少し高いことに気づいた時には大樹は声のする方へ走り出していた。
「小鳥ちゃん、そんな怯えないでよ〜」
「遊びに行こうって誘ってるだけじゃん」
「あっ、えっと……」
「小鳥ちゃんが可愛いから俺ら仲良くしたいなーって」
「でも……次の授業が……」
「授業なんて1回ぐらいサボっても大丈夫だよー」
「な?」と言いながら怯える青年の肩に腕を回そうとする男の腕を、大樹はすんでのところで掴んだ。
「は? おい、なんだよ!」
突然のことに一瞬だけ驚いた男は腕を掴んだままの大樹に凄むが、大樹が静かに目を合わせるとビクッと肩を揺らしてたじろいだ。腕を掴まれた男は「離せよ」と大樹の手を振り払う。大樹は抵抗せずに手を離すと黙ったまま男達と青年の間に割り込み、青年を背に隠すと男達をジッと見据えた。
無言の睨み合いが少しだけ続いたが、大樹の迫力に押された男達は「白けた」「もう行こうぜ」と口々に言いながら去っていった。
男達の姿が見えなくなったのを確認してから、大樹は背に隠した青年に向き直った。
青年は大樹と目が合うとパッと顔を逸らしオドオドしたあと、意を決したように「ありがとうございます」と頭を下げた。勢いよく頭を下げられ大樹は面を喰らうが、さらりと揺れた前髪に赤い色が混じっているのが見えて思わず手を伸ばしてしまった。
赤い毛筋に指が触れると青年は驚いた様子で勢いよく顔を上げた。手で前髪を押さえながら目をぱちくりさせる青年に大樹は思わず笑ってしまった。未だ困惑気味の青年に「すみません」と謝ったあと、大樹は自分の名を伝えた。
「建築学科1年の朝倉大樹です」
「あっ、えっと、服飾学科の1年の櫻井日和です……」
「同学年だ。じゃあタメ語でもいい? 櫻井くんもタメ語でいいよ」
「はい……、あっ。うん、わかった」
日和は自己紹介をしたことで興味が少しだけ大樹に向いたのか、今度はチラチラと大樹のことを伺い見ている。その様子に大樹は胸の奥がくすぐったい気持ちになりながら言葉を続けた。
「髪、キレイだね」
「えっ、あっ、ありがとう……」
「緑は地毛?」
「あっ、うん。俺、コザクラインコが起源種だから……」
「コザクラインコ?」
「そう……色んな色がいるんだけど、俺はノーマルって呼ばれる色であまり珍しくはないやつ」
「そうなんだ? こんなきれいな色、初めて見た」
大樹が感じたことを素直に告げると「あ……朝倉くんもかっこいいよ!」っと日和が勢い込んで言う。
「黒くて大きくて、かっこいい」
「そうかな。俺は狼だけど、銀色の方がかっこよくない?」
「えっ、そんなことないよ! 黒い方が大人っぽくてかっこいい」
日和があまりに真剣な顔で話すもんだから、大樹は思わず吹き出してしまった。「はははっ」と声をあげて笑う大樹の様子に目を見張っていた日和もしばらくすると釣られるように小さく笑った。
「ありがとう。初めてそんなこと言われたよ」
「そうなの? その方が驚き」
最初にあった緊張がゆっくり解けていく。怯えた表情から柔らかい笑顔に変わった日和の顔を見ていると大樹の心が弾んだ。
「なぁ、良かったら友達になろうよ。連絡先教えて?」
「あっ、うん! いいよ!」
二人でスマートフォンを取り出してメッセージアプリのIDを交換する。あいさつのスタンプを送り合っていると日和のスマートフォンが振動して日和が「あっ!」と声をあげた。
「もうこんな時間! 講義行かなきゃ!」
「間に合う?」
「多分走れば……!」
そう言いながら困った顔をする日和に「俺は気にしないで。また連絡するね」と大樹がいうと、日和は少し申し訳なさそうな顔をしながら「助けてくれてありがとう。またね」と言い走り去っていった。
大樹は日和の姿が見えなくなるまで後ろ姿を見送った。スマートフォンで時間を確認すると、まだ次の講義まで時間がある。
元いたベンチに戻ろうと大樹は歩き出した。日和という新しい出会いに足取りも自然と軽くなる。
次は昼飯にでも誘おうか。学校終わりに遊びに行くのも楽しいかもしれない。
日和との今後にワクワクしながら、大樹は日和に送るメッセージを綴った。
日和と大樹が友情を深め、そしてかけがえのない絆を結ぶのはそう遠くない先のお話。
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