ラブバードは嫉妬深い

1/1
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ

ラブバードは嫉妬深い

 狼獣人の朝倉大樹が大学校内を歩いていると賑やかな囀りが耳に届いた。大樹の頭についた大きな狼の耳が音の方向を探るようにピクピク動く。続いて声がする方へ顔を向けると、少し離れたところにいる一際派手な集団が目に入った。その集団に心当たりがある大樹が視線を巡らせると、一人の緑頭の青年を見つけた。  太陽の光を反射した髪がエメラルドのようにキラキラと光っている。きれいだな……と大樹が思わず足を止めると青年は大樹に気づいて元気に手を振りながら駆け寄ってきた。向けられる笑顔が眩しくて大樹は思わず目を眇めた。  「朝倉くん、おはよう! これから授業?」 「おはよう、櫻井くん」  コザクラインコ獣人の櫻井日和に上着の裾を掴まれ、見上げるように笑顔を向けられた。丸い目が自分を一心に見つめてくる。日和の距離感はだいぶ近いが、これは群れで過ごし仲間への愛情が深いことで知られるインコ獣人によく見られる光景らしい。  小鳥の獣人は総じて警戒心が強い。一ヶ月前に友達になってからしばらくは恐ろしさと好奇心が見え隠れしていた日和だったが、一緒に遊んだり連絡を取り合ったりしているうちに次第に心を開いていった。  最初からグイグイ来られていたら驚いていたかもしれないが、少しずつ変わっていく様子が可愛くて、日和からの信頼が表れるこの距離感が大樹は好きだった。 「そう。今日は午前中は全部講義」 「わぁ、大変だね! あと五分だけど大丈夫?」  そう言いながらも日和は手を離そうとはしない。多分無意識なんだろうな……と思いながら大樹は「西館だからどうだろ」と返す。 「えっ! 西館ってここから五分以上かかるよね? 急がないとじゃん!」  大樹はいつも四分ぐらいで辿り着く場所だったが、日和が慌てたように体を押してくる。大樹は苦笑いしながら「またあとで」と日和の手を取った。日和の顔がパッと再び笑顔になる。今日はお互い午前中の講義だけなので、午後は一緒にお昼ご飯を食べたあと買い物に行く約束をしていた。 「うん! 本館のロビーで待ち合わせだよね! 楽しみにしてるね」  大樹が頷くと日和が嬉しそうに目を細めた。少しの間二人で手を繋ぎ微笑みあってから後ろ髪を引かれる思いで手を離し、大樹は西館へ向かった。    午前最後の講義が終わり大樹は帰り支度をしていると「大樹くん、学食行こ!」っと友人で豹獣人の薫子に声をかけられた。 「いや、今日は友達と遊びに行く予定なんだ」 「そうなんだ! 友達って最近仲良さそうな緑の子?」 「そう、櫻井くん」 「彼、かわいいよね! いいな~、私もインコちゃんと仲良くなりたいな~」  薫子は軽い調子でそう言うが、彼女が純粋に友情を育みたくて言っているわけではないことを知っている大樹は胸に不快感を覚えて思わず顔をしかめた。 「櫻井くん以外のインコちゃんにも懐かれてるよね? ねぇ、一人ぐらい紹介してよ」 「だめだ。お前達には紹介したくない」  大樹が断固とした態度で言い切ると、薫子は「けち~~!」と口を尖らせた。その薫子の後ろからオレンジ頭の大柄な男が姿を表した。 「やめとけ、やめとけ」 「凌牙」 「あっ! りょうちゃん、おはよう!」  凌牙はライオンの獣人で、大学でも有名な遊び人だ。いつも女子生徒に囲まれながら過ごし、男子生徒とはほとんどか関わろうとしない。そんな凌牙が大学内で唯一気を許しているのが大樹だった。 「インコは可愛いけど、あれは遊びには向いてねぇよ。軽い気持ちで手を出すと痛い目見るぜ」 「え~? そうなの?」 「まぁ大樹とは相性いいかもな」  自分を見ながら意味ありげに薄笑いを浮かべる凌牙に大樹は不快感を覚え「俺はもう行く」と二人を置いて教室の出入り口に向かった。 「また明日ねー!」 「お前も気をつけろよー」 背後から聞こえる呑気な声に毒気を抜かれながら片手を上げて教室をあとにした。悪い奴らではないのだが…、どうしても肉食動物が起源の獣人は良く言えば好奇心旺盛、悪く言えばチャラついているやつが多い。獣性の狩猟本能がそうさせているとも言われている。それに比べ、狼獣人の大樹は真面目で一途だ。気のいい奴らだが、ああいう話にはいつもついていけない。  大樹はため息をついてから憎めない同級生達を頭から追いやり、待ち合わせ場所の本館ロビーへと向かった。  午前の講義を終えた大樹は本館ロビーに設置されている四人掛けの丸テーブル席に座って小説を読んでいた。ロビーには同じような席が複数あり、どの席も生徒達で埋まっている。  日和からは午前最後の講義が終わる時に『少し遅れます。ごめんね』と連絡が来ていた。日和は服飾デザイナーになるという夢のために大学の講義を熱心に受けている。学部の中でも相当優秀で教授からも可愛がられているらしい。講義のあと居残ることは良くあった。  そんな努力家の日和のことを大樹は尊敬し応援していた。そして日和の頑張る姿には自分のモチベーションも刺激された。 「朝倉くん」  いつの間にか小説の世界に没頭していた大樹はすぐ近くから自分の名前を呼ぶ声が聞こえて顔を上げた。そのタイミングで丸テーブルの空いていた三席に派手な身なりの女の子達が座った。彼女達は日和の友達で日和を通じて何度か話したことがあった。 「やほー!」 「一人で何してるの?」 「お昼はー?」  楽しそうな三人に一気に話しかけられ大樹は面食らいながら「えっと、小説読みながら櫻井くんを待ってる。昼の約束をしてるんだ」と返した。 「何読んでるの?」と言いながら右隣の子が席をガタッと寄せて手元を覗いてくる。 「楽しそう! 私も行きたい!」と言いながら左隣の子もガガガッと椅子を引きずって距離を詰めてくる。 「駅前にできたイタリアン行こうよ!」と正面の子が言うと、左右の子達が「いいねー!」「賛成!」と歓喜の声を上げた。  彼女達の間であっという間に話が盛り上がっていくのを大樹は慌てて止めようとするが、彼女達の会話が早くなかなか口を挟めない。大樹の周りの大型獣人はマイペースな人が多く、会話のテンポもゆったりしてるいるので、小型獣人の中でも特にお喋りと言われる小鳥達の会話のテンポに目が回りそうだった。  日和に助けを求めようと大樹がスマートフォンを取り出してメッセージアプリを立ち上げようとしたとき、右隣の子が「朝倉くんはどう思う?」と腕を絡めてきた。日和の友達だからと思っていたが突然パーソナルスペースを超えてこられて全身の毛が逆立つ。温厚な大樹だが、あまり無遠慮な接触を好まなかった。  大樹が思わず唸り声をあげそうになったとき、背後から「ちょっと!」と日和の大きな声が聞こえた。  大樹が驚いて後ろを振り返ると、明らかに怒った様子の日和がズンズンと歩いてきた。 「毬子、朝倉くんから離れて」 「いや」 「離れろ」 「いーや」  毬子と呼ばれた女の子と日和が睨み合う。毬子の方はまだふざけ半分といった様子だが、日和の様子がおかしい。 「ランチ、みんなでイタリアンに行くことになったよ!」  この状況に何も思わないのか、正面の女の子が楽しそうに日和に告げる。それを聞いた日和が「えっ!」と驚きの声を上げた。 「なんで!? 咲子と彩子も?」 「だってみんなで言ったほうが楽しいでしょ?」 「そうだよ、日和こそ急にどうしたの?」  咲子と彩子に不思議そうな顔で見つめられ日和は明らかに動揺した様子で大樹を見たが直ぐに目を逸らしてしまった。 「とにかく、駄目! 毬子も咲子も彩子も今日は駄目」 「えー! なんで!」 「駄目なの!?」  咲子と彩子が驚きの声をあげると毬子が「ひどーい!」と日和を非難した。 「なんでそんな意地悪言うの? 朝倉くんもそう思うよね? 日和なんて放っておいて毬子達とご飯行こ?」  毬子が目を潤ませながら上目遣いで訊いてくる。あからさまに媚を売る態度に毬子の思惑が透けて見えてきた。どうやら毬子は大樹と懇意にしたいらしい。  大樹はチラリと日和を見た。日和は顔を赤くしながら毬子を睨みつけている。体の前で握りしめられた両手は微かに震えていた。  大樹が日和に声をかけようと口を開きかけたとき日和が顔を俯けた。 「僕が先に約束してたのに……」  日和の湿っぽい悔しさのこもった小さな呟きが聞こえ、大樹はガタッと椅子を鳴らしながら立ち上がった。その勢いに負けて毬子が「きゃ」っと小さく悲鳴を上げて腕を離した。 「ごめんね。俺は日和くんと″二人で″遊ぶ約束をしてるから、昼飯は三人で行ってね」  ニコリと笑った顔に意識的に圧を込める。先程まで賑やかだったテーブルに沈黙が落ちた。  大樹が毬子に向き直ると、毬子の肩がビクッと震えた。 「日和くんは意地悪じゃないよ」  毬子が青くなった顔でコクコク頷く。大樹は読みかけの小説を鞄にしまい荷物を持つと驚いた顔で自分を見つめる日和に近づいた。 「行こうか」 「うん。……じゃあね」  日和が三人に控えめに手を振ると咲子と彩子が控えめに手を振りかえした。    大樹は日和を促して本館ロビーを後にした。  校舎の正面玄関から大学の正門へ向かう途中で大樹は「さっきはごめんね」と口を開いた。 「俺が最初から断れてればよかったね」 「えっ! そんな、大樹くんが謝ることじゃないよ。むしろ僕は……、大樹くんにああ言ってもらえて嬉しかったし」  チラリと上目遣いでこちらを伺う日和に頬が緩む。大樹が足を止めると日和も足を止めた。 「でも日和くんの友達に悪いことしちゃったな。あとで日和くんの方からフォローしてもらえたら助かる」 「わかった。でも、あの子達はいつもちょっと強引なんだよね。それに……、毬子が大樹くんにベタベタするの嫌だった」  日和が少し不貞腐れた顔をしている。大樹はその表情を眺めながら自分の心臓の鼓動を感じていた。 「日和くんもくっつく?」 「え……」 「んっ」  大樹は肘を曲げて日和が掴めるように隙間を開けた。日和は大樹の顔と腕を交互に見ながら逡巡しているが表情は戸惑いながらも嬉しそうだ。日和はよく服の裾を掴むが、もしかしたらスキンシップを我慢していたのかもしれない。 「失礼します」  日和は控えめに呟くと大樹の腕に両腕に絡めるとそのままぎゅっと抱きついてきた。体をぴたりと大樹の腕に付け、頬を肩に押し付けてくる。ムニっと盛り上がっている頬が柔らかそうで思わず手を伸ばしたが、日和が自分の様子を伺うように見上げていることに気づき、伸ばした手を日和の頭に持っていった。そのまま優しくポンポンと頭を撫でた。 「大樹くん、嫌じゃない?」 「日和くんならいいよ」 「そっか……へへ」  日和が嬉しそうに微笑んだ。大樹も応えるように微笑み返した。 「お腹も空いたしそろそろ行こうか」 「そうだね! 大樹くんは何食べたい気分?」 「そうだなぁ……」  二人は腕を絡めたまま再び歩きだした。  大樹の狼の尻尾がユラユラとご機嫌に揺れていた。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!