エピローグだけの物語

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 その人との春の思い出はなく、夏、秋、冬の思い出も幼い時のものだ。物心がつき始めた以降はその人との思い出は存在しない。  成人した私は一人外にいた。会社の花見の場所取りだ。一番若手で、一番ジャンケンが弱かったのでこの役目をしている。花見が始まれば座ることが出来ない、ビニールシートの中心で、一人、ビールを飲んでいた。 「○○ちゃん」  どこからか声がした。振り返ると、誰もいなかった。辺りを見渡してもそれらしい人は見当たらなかった。  ○○ちゃんとは誰だろう。わからなかった。  風が吹いた。花びらが数枚舞い落ちてきた。顔を上げた。桜が満開だった。  その先の太陽が眩しくて目を細めた。なぜだが涙がこぼれた。
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