第1話 レベッカ・ウィレミナ・ドランスフィールドは引きこもり魔王である。

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第1話 レベッカ・ウィレミナ・ドランスフィールドは引きこもり魔王である。

「勇者よ、我に何用じゃあ!」 レベッカ・ウィレミナ・ドランスフィールド(360歳、独身、女)は、激しい剣幕で叫んでいた。 叫ぶレベッカに、勇者は、物怖じせず、反論する。 「俺は勇者だ! 魔王ーー否、レベッカよ、お前を救いにきた!」 そう叫ぶ勇者に、レベッカは「ふぇ?」と気の抜けた声を漏らす。 レベッカは、頭の中が、しっちゃかめっちゃかしていた。 (やっと、理解者が現れた?! 顔、よく見たらイケメンじゃ! じゃなくて、え? え? なんじゃこれは? どういうことじゃあ!?) ーーーー ーーー ーー ー 30分前。レベッカ。 頭に生えた2本の黒い角をぐっと握り締めながら、レベッカは深い悲しみに苛まれていた。 原因は、さきほどうたた寝しながら見ていた、夢にある。 夢の中、レベッカは世界に嫌われていた。人々に恐れられ、陰口を叩かれ、石を投げつけられた。   ーー魔王。 夢のなか、人々に呼ばれたこの名称を、目を覚ましたレベッカは、受け入れることができなかった。現実で、何十年と呼ばれ続けた名称であるにもかかわらず、夢の中の出来事を振り払うように、たまらず布団にばふっと顔を埋める。   現実。グレーの角に漆黒の瞳、レベッカは、その見た目から、人々から魔王と呼ばれ、恐れられている。 レベッカ自身、魔王と呼ばれるのが嫌だった。何十年と言われ続け、さすがに慣れはしたが、夢のなかでも魔王と恐れられるのは、とてもやるせない気持ちになる。 360年間、ずっと孤独と闘っている。約280年前に街を追い出されて以来ずっと、街のはずれの一軒家でひっそりと暮らしている。 かといって、家からは出たくない。家を出ようと思うだけで、脚がすくみ、身体がどすんと重たくなる。 頭の角をそっと撫でる。撫でたその手が、力なく垂れ落ちる。 かつて、角がなくなればなどと考え、角をノコギリで切り落としたこともある。だが、どうやら取り除いても再び生えてくるらしい。 それに、角を取ったとき、ひどい発熱と倦怠感に見舞われた。 角を取り除くのは、無理らしい。 ーーグーっとお腹が鳴る。 悲しくても、お腹は空く。何か食べて、リフレッシュしよう。 「ちょっと、執事! ごはん!」 「ふぅ、ごはん、ですかな。ごはんがどうなさったのですか? わたくしめは、ごはん、ではございませんが」 呆れた顔を見せたのは、執事(フィリップ・グレン・ガーネット)。全身黒い服をビシッと着こなした、誰もがイメージするであろう、いわゆる執事。 執事(フィリップ)は、箒を手にとり、部屋の掃除を進めていた。ちょうど、ゴミを部屋の端に集めて、あとは塵取りで回収して捨てるだけ、というところでのレベッカからの「ごはん!」攻撃であった。 執事(フィリップ)の手はピタリと止まる。 手を止め、箒と塵取りを、近くのゴーレムーー執事(フィリップ)の召喚した人工の奴隷人形ーーにゆっくりと預ける。 当の執事(フィリップ)は、眉間に皺を寄せて、呆れるような深いため息で、 「ふぅ、レベッカ様(あなたさま)にはいい加減、自立してもらいたいものです」 レベッカは、イライラした。執事(フィリップ)のその言葉は、嫌味混じりの一言だと感じたからだ。 「つべこべいわずに従ってよ!」 「わたくしめは貴方様への忠義を尽くしております。その上で申し上げますが、今日は自分のあしで、外にお出になりませんか?」 「せぬ!」 理由は単純明快。いじめられてるからだ。見た目が異形だから、居場所がない。こちらが街に出向くだけで皆が荷物を抱えて街から出ていくほどだ。 200年ほど前から、本格的に家に引きこもり始めた。 家は平穏な場所。温かく、何も変化がないのが良い。 ーーバタン! 慌ただしく入室して来たのは、執事のゴーレム。 ゴーレムが執事(フィリップ)に耳打ちをする。 執事(フィリップ)は驚いた表情をうかべ、 「レベッカ様(魔王様)、よろしいでしょうか」 震えた声。主は執事(フィリップ)。執事(フィリップ)は背筋を伸ばし、深々と頭を下げている。 「きゅっ、急に、えらく丁寧ね」 本音を言えば、ちゃんと名前で呼んで欲しいのだけど、執事(フィリップ)はこちらを「貴方様」か「魔王様」と呼んでくる。 「魔王様」は、正直、気持ちの良い呼び名ではない。かつて王国を滅ぼしたという、卑劣で残忍な愚者ーーそれが魔王。魔王は、黒い角を生やしていたという。その見た目は王国の有名な伝承(おとぎばなし)として伝わる通りであるが、そこから派生して、見た目の似通った我は、魔王と呼ばれるようになった。 執事(フィリップ)は、あえてそのような忌み名で我を呼称する。 ーー魔王様、よろしいでしょうか。 執事(フィリップ)は真顔で、冷静沈着で落ち着き払った、澄ました顔で、頭を下げている。 魔王様と呼ぶことに、たぶん悪気はない。 ーー魔王様、よろしいでしょうか。   悪意があるわけではないのだろうが、少しばかりの怒りと悲しみが込み上げる。 いやでも、もしもの話だが、執事(フィリップ)が本当に憎しみを込めて「魔王様」と呼ぶのだとしてみよう。そう仮定すれば、とっくに自分(われ)のことなど見捨て、どこか遠くにいってしまうだろう。 そんな妄想が鮮明に浮かぶ。 もやもやするが、仕方ない。長年「魔王様」と呼ばれ続け、半ば諦めている。この点を差し引いても、執事(フィリップ)と一緒にいる、あまりあるメリットがある。 それは、掃除に料理に洗濯に資金調達、しっかりと生活面でサポートしてくれていることだ。 「魔王様」と言われるのが嫌になり、一度家を飛び出したあの若き日。結局はたった1日でとんぼ返りしてしまった。 少しくらい嫌なところがあっても、こればっかりはしょうがないね、と割り切るしかない。 執事(フィリップ)がいることの恩恵は計り知れない。 それに、何百年も魔王と呼ばれ続けて、さすがに慣れてきた節もある。今更どうのこうの言うつもりはない。 ただ、寂しい。 レベッカと呼んでくれないことが、悲しい。ただ、レベッカ、とちゃんと名前で呼んでほしいだけなのだ。 だって、大切な家族なのだから。 まあこの際、こんな戯言どうでもいいか。 現実逃避もこのくらいにしておこう。 ーー魔王様、よろしいでしょうか。 今、ゴーレムから耳打ちをされた執事(フィリップ)の態度が、いつにも増してよそよそしく、ただならぬ雰囲気がある。 だからこそ、現実逃避をしていたわけだがーー 「ーーなにかあったのか? 執事(フィリップ)よ」   「魔王様、また勇者が参りました!」 「ん? なんじゃ、そんなことか。勇者とな? しかし、もうそんな季節か、めんどくさいのお」 内心、たったそれだけのことかあ、と胸を撫で下ろす。 約10年に一度、春になると、王国ウォリアから、我(レベッカ)ーーすなわち魔王討伐のために、選ばれしいじめっ子ーー勇者がやってくる。 ーー俺は勇者だ! 魔王よ、世界を脅かすお前を倒しにきた! もううん十回と聞き飽きた、そのフレーズ。「もういい、来ないでくれ」とも思うが、倦まずたゆまずやってくる。あまりに勤勉すぎる。ほぼ10年に一度、必ず襲来する。毎回勇者は選び直されるようで、外見からして全く異なる人物だが、だいたい、みんな同じようなフレーズで、「魔王よ、お前をたおしにきた!」などと息巻いてくる。こちらは倦怠すら覚えている。 さっさと拳で威圧して追っ払おう。 気だるげに、レベッカは、勇者のいる玄関へと向かう。 ーーー 現在。 「今代の勇者よ、我に何用じゃあ!」 レベッカは、牽制を込めて、あえて語気に力を入れる。これで帰ってくれたら申し分ない。 勇者はにこりとして、 「俺は勇者だ! 魔王ーー否、レベッカよ、お前を救いにきた!」 「ふぇ?」 一瞬何を言っているのか、理解できなかった。だが、目の前の今代の勇者は、胸を張っている。たしかに、「救いにきた!」といった、はずだ。 やっと、理解者が現れた?! 魔王と呼ばれ、人々から迫害され、ひっそり生きるこの生活から、この窮屈な生活から、抜け出せる?   顔を見る。よく見たらイケメンじゃないか! なんだこれは? ……否否、落ち着け我。騙されかけたが、世の中そう甘くはない。わっ、わかっている。わかっているぞ。 「すっ、救いにきたとはなんのことであろう? 我は『寝る子も黙る』魔王であるぞ!」 「寝る子はだまってて当然だろう?」 「あーっ、あげあしをとるな! つまりは怖いってことだ! わかったか勇者よ!」 「ったく、そういうとこだっての、レベッカ! お前、ほんとうは怖いやつでもなんともないんだろう? かわいいやつめ」 「かわゆいだとっ! 馬鹿にするのもいい加減にせぬか! 我は外に一歩出れば誰もが恐れをなし、立ち去るほどの脅威であるぞ」 「まあそれは知ってるよ、うん」 「なんぞそのうっすいリアクションは! さてはお主、死にたいらしいな。相わかった、我の力を見せよう」 「そういうつもりじゃないんだ、すまないな、レベッカ」 腰から聖剣を引き抜く勇者。強さがびんびんと伝わる。 歴代屈指の強さだと、本能で感じる。 だが我は魔王レベッカだ。そこらの勇者に負けるほど軟弱ではない。思い切り殴ってやると、恐れをなして腰を抜かすだろう。 「えいや!!」 拳を振るうと、灼熱の業火が放たれる。業火は辺りを包み込み、耐火性のある部屋の気温がぐっと上昇する。 「大変じゃっ、つい力が入ってしもうた」 いつも以上にムキになってしまった。この威力だと、勇者が死んでしまう。追い返すだけのつもりだったのに、これは非常にまずい。 ふと、勇者の寂しげな表情が蘇った。 ーーレベッカよ、お前を救いにきた! 「ほんとうに、我を救おうと?」 否、そんなわけはない。人間たちは、自分の見た目に恐れをなし、魔王という派手な名前をつけ、病気が流行るのも、戦争が起きることも、すべて我(レベッカ)の仕業だと思い込んできた。 ほんとうは、我は何もしていないのに。 悔しく思う、そんな時期もあった。 でも悔しくて、誰かに認めてもらうおうとしても、他者を変えることはできない。街を襲い、誰も殺さずに支配した上で弁明することで疑念を払拭しようとしたが、結局魔王としての悪名が広まっただけだ。 他人を動かすのは、ムリなのだ。 だからこそ、他人と関わらず、密かに過ごす。これが唯一の解決策である。 そう信じているのに―― 「どうも、あの勇者の言葉が耳にひっかかる」 勇者は言った。 「お前を救いに来た」   後悔がじわりじわりと押し寄せる。勇者は、まがいなりにも、手を差し伸べようとしてくれた、最初でおそらく最後の人間だろう。いまだかつて、このようなことを言ってもらったことがない。 おまけに、レベッカ、と名前で呼んでくれた。 正直惚れた。 どうか、彼が生きていてほしい。 でもどうせこの勇者も他と同じで、見せかけの正義を盾に、我をおとしめようとするのだろう。 わかってる。それでも信じてみたい。だって、 「あんなに哀しい顔を見せてくれたから」 涙が溢れた。どうか、どうか生きていて欲しい。一方的な行いで相手を殺そうとしていて、身勝手だとわかっている。だが、彼は希望だと思った。 どうか、どうか無事で―― 「ふふっ、その程度の攻撃か? レベッカよ」 勇者は、立ち込める煙を剣で切り裂き、煙のなかから飛び出した。 剣先を目の前に向けてくる勇者。 「レベッカよ、俺の女になれ」 「なっ、なにを申すか! 我は魔王であるぞ!」 「うんもちろん知ってるさ。さあいくぞ、レベッカ」 「でもーー」 「つべこべいうな」 勇者は魔王を抱き寄せ、お姫様抱っこをして、家の外に出る。 (あ、やっぱりイケメンじゃわ) その日、引きこもり魔王は、約50年ぶりに家から出た。だが、魔王はそのことに気がついていなかった。なぜなら、勇者の、その嬉しいような恥ずかしいような表情の、端整な顔しか見ていなかったからである。 「あっ、あの、勇者よ、名前は?」 「カイト、カイト・カザマだ」 勇者カイトは颯爽とジャンプを繰り返しながら、街道を進んだ。 行き先は、勇者が暮らす街、王国ウォリアの中心都市ウォリアキャッスルタウンらしい。 ーーー ーー ー 王国ウォリアの城下町、ウォリアキャッスルタウン。 衛兵が外で構える門の中に入ると、200人ほどの群衆。人々は勇者(カイト)ーー英雄の凱旋のために、次々と集まって来ていたようだ。 勇者(カイト)は魔王(レベッカ)をお姫様抱っこしたまま、 「魔王は俺が討ち取った! もう安全だ! この者は魔王に囚われていた娘だ!」 と、腕の中の魔王(レベッカ)を群衆に見せつけるように、顔を歪めて、力強く叫んだ。 勇者(カイト)はわかりやすい嘘をついてしまった、と魔王(レベッカ)は思った。 (抱かれた娘は魔王本人だというのに、我が魔王に囚われておった娘じゃと? バレるに決まっておる) 魔王(レベッカ)は逃げたくなった。どうせ、こちらの見た目ーー恐ろしく禍々しい黒い角と黒い目ーーに畏怖して、この街から追い出されるのがオチだ。そうなる前に、逃げ出したい。 あぁ、でもダメだろうなあ。もう手遅れだろう。 ーー実際、人々は構わず歓声を上げたり、拍手をしたりしている。 「あれ、おかしい」 顔をあげると、誰一人としてこちらを恐れている者はいない。 魔王(レベッカ)はそれを不可思議に思った。 たしかに、自分のことを魔王に囚われた娘であると、勇者(カイト)が虚言を吐いたことで、人々にとって恐れる対象ではないと認識されたのは自然なことだ。 だが、自分の見た目は悪魔そのものだ。角が2本生えていて、目元は黒い。人々が畏怖する外見に違いない。 「なのになぜ故? なぜ我を恐れぬ?」 「人間から恐れられているのは、見た目のせいだと思っていたのだろう? それは違うってこった」 「否、そんなはずはーー」 だって、街に弁解に出て、街を支配したあの日も、こちらをひと目みて、人々は逃げていったではないか。 「そんなはずない、とはいわせない! お前が嫌われているのは、見た目じゃない、だって、同じように角の生えた種族はいくらでもいるからな。原因は、お前の強大な魔力だ。お前自身が塞ぎ込んだとき、その黒い感情が魔力を邪悪なものに変えてしまう」 「え?」 「だから、つべこべいわずにーー」 口と口が交わる。え? キスされた!? え? 「幸せに生きなよ。そうしたら、みんな受け入れてくれるからさ」 強大な魔力が白く光り、人々はさらに歓声を上げた。 「これは勇者の奇跡だ!!」「勇者様バンザイ!!」 魔王(レベッカ)も、本当に奇跡だと思った。 ずっと探し求めていた何かを、勇者(カイト)は見せてくれたから。 「あぁ、もう完全に惚れたのじゃ」 勇者はふふっと微笑み、耳元で囁く。 「じゃあ、結婚するかい?」 魔王(レベッカ)は、目を見開き、黙ってこくりと頷いた。
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