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 期せずして、時間ちょうどに着いてしまった。本当は10分前に着くつもりだったのに。弟が連れてきた姪っ子ちゃんにだだをこねられ、時間ぎりぎりの到着となってしまった。校門の施錠は外されていた。おそらく予め許可を得ているからだろう。私はおよそ20年ぶり、卒業以来初めて校内へと足を踏み入れた。  懐かしい景色を楽しみたい気持ちをぐっとこらえ、校庭への道を足早に進んでいく。距離が近づくにつれて、心臓の鼓動が早まっていく。10人ほどだろうか、校庭のある一箇所に人溜まりを確認した。僅かに足の震えを自覚する。それでも歩みを止めることなく、私は進んだ。 「遅れてすみません」と(こうべ)を下げる私に「久しぶりね」と柔らかな声が降ってきた。顔を上げると、優しく微笑んでいる女性と目が合う。もちろん20年前と比べると相応に年を重ねてはいたが、それでもやはり綺麗だなと私は思った。 「お久しぶりです、藤沢先生」  先生は優しく微笑んだまま、「変わったわね、いい意味で」と一言私に言った。  その言葉に思わず涙が出そうになった。今を諦めていた私は、いつかちゃんとした大人になれるだろうかと、そう思っていた。自分もいつか変われるだろうかと……。あれから20年経った今、それが認められた気がしたのだ。 「先生、今日は誘ってくれてありがとうございます」  心からのお礼だった。  私の他に、後1名来るのだそうだ。先生は、全員が揃ってからタイムカプセルの中に埋めた手紙を渡す旨を私に言ってくれた。その後、先生と二言三言言葉を交わした後、到着してからずっとこっちを見ていた一人の女性のもとに私は歩みを進めた。 「楓ちゃん」   その女性に向けて呼びかける。 「卒業式以来だね」と、そう言って彼女は屈託のない笑顔を私に向ける。その笑顔と左手にはめられた指輪が、彼女が今幸せであることを教えてくれた。 「まったく、お互い薄情だよね。教室ではいつも一緒にいたのに、卒業したら一切連絡しないんだもんね。でも、また会えて嬉しいよ」 「ほんとだよ!でも、私は連絡しようと思ってたんだよ。楓ちゃんから連絡が来たら連絡しようと思ってたんだけど、連絡してくれなかったから」  冗談っぽく私は言った。その私の頬を、楓ちゃんの指がそっと撫でる。 「ねえ、なんで泣いてるの?」 「嬉しいんだよ」そう言いながら、私の指もまた、楓ちゃんの頬をそっと撫でた。  最後の一人が揃うと、先生は手紙を順に配ってくれた。受け取った便箋を、破けないようにそっと開ける。中は見なくとも分かっていた。  大丈夫。私は過去の私に向けて心の中でつぶやく。  手紙には、たった一行、たった一言”いつか”と記されていた。  ――あなたにも、彼女にもそのいつかはきっとやってくるから。  さて、花より団子だ。温かいご飯が私達を待っている。
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