売られた花嫁

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売られた花嫁

 オディールは、貴族とは名ばかりの、貧しいぺレック男爵家に生まれた。  ぺレック家は代々の浪費が祟り、その負債は彼女の代までをも苦しめた。  学齢期になったオディールは、貴族令嬢の多くが入る寄宿制の学校に入学した。  そこで彼女は、同級生である他の貴族の娘たちが、季節ごとに新しく(あつら)えた何着もの服を、日に何度も着替えるのを見て驚いた。  なけなしの服を着回している自身に対し、口には出さずとも、同級生たちが蔑みや憐れみの視線を向けているのを、オディールは痛いほどに感じていた。  長期休暇の後は、どこに旅行したと報告し合う同級生たちが目に入らないよう、オディールは彼女たちから身を隠すように離れた。その胸には、常に羨望と苛立ちが(くすぶ)っていた。  いや、オディールを苛立たせるのは、周囲の目だった。蔑みよりも、同情や憐れみの視線が、彼女の心を(えぐ)った。  オディールにとっての慰めは、好きな絵を描いている時間だけだった。  思いのまま紙に鉛筆を走らせている時は、同級生たちに憐れまれる惨めさも忘れていられた。  しかし、ぎりぎりの家計から趣味として使用する画材を購入する金など与えられる訳もなく、(あまつさ)え両親からは「金にならない無駄なことをするな」と叱責される始末だった。  そのような生活の中ではあったが、オディールは成長し美しい娘となった。  豊かとは言えない家の生まれではあっても、社交の場に出れば、彼女に声をかけてくる男は、それなりにいた。  美しい女を配偶者にすることが勲章になると考える男は、まだまだ多いのだ。  一方、両親は娘であるオディールを裕福な男に嫁がせようと躍起になっていた。  資産を多く持っており、妻の実家にも援助してくれそうな都合のいい男、というのが、両親が娘の結婚相手に求める最優先の条件だった。  そこにオディール本人の気持ちが入る隙などある筈もなかった。  オディールが十六歳になった年、彼女は一人の男に求婚された。  相手の名は、ギヨーム・ヴァランタン――伯爵の爵位と広い領地を持つ彼は、オディールを妻として迎えられるなら、その実家が背負った負債を清算すると申し出た。  オディールの両親から見れば、ヴァランタン伯爵は娘の結婚相手として申し分ないと言えた。  たとえ彼が、自分たちより年嵩(としかさ)であったとしても。  ヴァランタン伯爵は、背丈も高く見目も決して悪くはなかった。  しかし、五十代半ばという年齢は、オディールにしてみれば祖父母に近い。  それでも、オディールは両親の勧めに従って、ヴァランタン伯爵のもとへ嫁ぐことを承諾した。  幼い頃から、将来は家の為に裕福な男性と結婚するのだと言い聞かせられ、それが自らの義務なのだと、彼女は諦めの境地にいた。  血の繋がった両親にさえ、自分たちが豊かになる為の道具程度にしか思われていないのなら、どこへ行ったところで大して変わりはないだろう――それは、半ば捨て鉢とも言える心持ちでもあった。
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