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女伯爵
ヴァランタン伯爵は最初の妻を若くして亡くした後、長く独り身であったが、オディールは初婚ということで、それなりに華やかな結婚式が行われた。
新たな住居であるヴァランタン家の屋敷に移ったオディールは、その豊かさに驚いた。
屋敷の中には、照明や、室内の気温を適温に保つ空気調和装置など、魔法を動力として動く、数々の魔導具が揃っていた。
魔導具は平民たちにとっては高価な贅沢品だが、オディールの実家でも、それは同様だった。
夫となったヴァランタン伯爵は、求婚してきた時と変わらず、妻となったオディールを丁重に扱った。
「どうして、ギヨーム様は私などを選んだのでしょうか」
所詮、自分の人生は自分自身のものなどではない――そんな諦念の中にいたオディールではあったものの、やはり、ずっと胸に抱いていた疑問を口に出さずにはいられなかった。
彼女の問いかけに、夫は恥ずかしそうな微笑みを浮かべた。
「それは、社交界で君を見て、年甲斐もなく一目惚れしたからだ。君にしてみれば、金の力で無理矢理攫われたに等しいであろうことは承知している。――その代わり、君が一生、何不自由なく生きられるように準備を万全にしておくよ。一緒に過ごす時間は左程長くないだろうから、どうか辛抱して欲しい」
この国における良家の子女は、より若いうちに、それなりの家へ嫁ぐのが良いこととされている。むしろ学校を卒業するまで結婚が決まらない者は「行かず後家」扱いされた。
当然オディールも、結婚によって、それまで在籍していた学校を中途で退学することになった。
ヴァランタン伯爵は、学業を途中で終了することになったオディールに家庭教師を付け、経済学や地理に歴史、果ては兵法まで学ばせた。
それらは、自身が亡き後もオディールが困ることのないようにという、伯爵の気遣いだった。
実家にいた頃に比べれば、オディールの生活は格段に快適なものとなった。
一つだけ、彼女を憂鬱な気分にさせたのは、人間関係だった。
貴族とは名ばかりの貧しい家の出であるオディールを蔑んでいた同級生たちは、彼女が裕福なヴァランタン伯爵と結婚した途端、手のひらを返す如く擦り寄ってきた。
しかし、同時に、陰では、金目当てで身体を使って伯爵を篭絡しただのと、根も葉もないことを言い募り、腐していた。
更に、誰がこんなことを言っていた、とオディール本人に要らぬ注進をしてくる者まで出る始末だった。
平静を装ってはいても、やはり全てを受け流すには若すぎたオディールは、心無い言葉が耳に入る度に傷ついていた。
妻が傷ついている様子に気付いたヴァランタン伯爵は、彼女に、社交の場には出なくてもいいと言った。
「私が、若い妻を一人占めしたくて閉じ込めていることにすればいい」
そう言って笑う夫に対し、オディールは、両親にすら感じたことのない信頼感を覚えた。
夫に守られながら、オディールは勉強したり、好きな本を読んだり、望むまま取り寄せてもらった画材で時間の許す限り絵を描いたりと、それまでの人生では考えられなかったくらいに、伸び伸びと過ごした。
だが、結婚してから数年が経った頃、ヴァランタン伯爵は病に倒れた。
自身の命が長くないと悟った彼は、経済や法律の専門家といった知人たちに依頼して、妻が一人になっても安心して暮らせるよう、様々な手続きを行った。
自分は、これ以上ないほど夫に愛されている――オディールは痛いほどに感じてはいたが、夫に対する気持ちは、愛ではなく感謝の情と言ったほうが相応しいものだった。
「君が、私を愛せないことに罪悪感を持っているのであれば、そんな必要はない。こうして離れずにいてくれるだけで、私は幸せなのだから。私がいなくなったら、君には、どうか好きな相手を見付けて幸せになって欲しい。時間は、有り余っているだろう?」
病床にあったヴァランタン伯爵は、オディールの心を見透かすように言うと、微笑んでみせた。
そして、それが彼の遺言になった。
ヴァランタン伯爵の死後、その爵位を受け継いだオディールは女伯爵となった。
彼女一人では一生かかっても使いきれないであろう資産に加え、領地からの収入、更に国からの年金などもあって、生活の心配はなかった。
現在オディールは、ほとんど社交の場に出ることはせず、領地の視察や、気が向いた時に絵を描く為の外出をする以外は、屋敷に閉じこもって過ごしている。
外へ出れば、まだ若いオディールに言い寄る男は幾らでもいたが、その何れもが、自分自身ではなく、付随してくる資産に目を向けているように、彼女には感じられたのだ。
オディールが人付き合いを避けるのには、夫への負い目もあった。
好きな相手を見付けて幸せになって欲しい――それが夫の遺言ではあったものの、彼を「きちんと愛する」ことができなかったと後悔するオディールは、おいそれと「遺言」に従う訳にはいかないと考えていた。
そんなオディールを世捨て人と呼ぶ者もいたが、気を許せない者たちと顔を合わせずに済むのであれば、彼女にとっては些末なことだった。
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