第六章 捕縛

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第六章 捕縛

 時計塔を後にした二人は屋敷の散策を続けていた。あるかどうかも分からない出口を見つけるためのあてのないものである。 やがて、二人が辿り着いたのは温室であった。時計塔の階段を下り、二階を一通り見て回り、一階へと下りて目についたドアを開けた先にあった部屋である。 ガラス張りの壁に、植えられた草木や花、その維持のための高い湿度…… まるで植物園のようであった。 ガラスの向こうには、中庭の迷路が見える。ガラスを割って外に出る意味はない。 温室の中央には豪華な装丁の噴水が水を噴き上げていた。 「ジメジメしてるわけだ。部屋の中に噴水があるんだからなぁ。金持ちってホントに何考えてるかわからねえな」と、由宇は毒吐(どくづ)いた。 「維持とか大変そう」 銀娟は同意しながら噴水に向かって軽く身を乗り出した。 「この水、飲めるかな?」 「はぁ!? 何考えてるんだ?」 「ちょっと、喉カラカラになっちゃって。色んなことありすぎたし…… 思い出したら水吐いちゃうかもだけど」 「だったら、台所まで戻る? 流石に噴水の水は飲んじゃ駄目だよ。水道の方がまだ安全だよ?」 銀娟は噴水の中を覗き込んだ。すると、そこに「信じられないもの」がいることに気が付き、思わずに飛び退いてしまった。 「どうした?」 「へへへへへ…… 蛇ぃ!」 「蛇? この辺りの山はヤマカガシがいるって言うからなー? 川をスイスイ泳いでるのとか見るよ? こんな水場があれば泳いでいてもおかしくないだろ?」 「違う! 大きな蛇なの!」 どうせ、大きめのクサリヘビ程度だろう。由宇は軽い気持ちで噴水の中を覗き込んだ。 そこにいたのは大蛇だった。それも、とびっきりの大蛇である。動物園の爬虫類コーナーで展示されているようなアナコンダに勝るとも劣らないような大きさの大蛇なのだ。 分厚いガラス越しではなく、水越しに直接見る大蛇を前に由宇の体は震え上がってしまった。 「おいおい…… こんなデカい蛇を飼うなら、ちゃんとしたデカい水槽や檻でだな…… 金持ちの道楽も大概にだな……」 すると、噴水の中の蛇は鎌首を擡げ上げた。いや、鎌首ではない…… 上半身裸の美女を擡げ上げたのである。一瞬、向けられた背中には金メッキを施されたと思しき何らかの鳥の羽が生えていた。 その姿を見た由宇はギリシャ神話の怪物の姿を思い出し、口走ってしまう。 「エキドナ……」と。 エキドナとはギリシャ神話に登場する上半身が美女、下半身が大蛇の怪物である。 また、人形の化物か!? アラクネにジェミニを人形で再現して作り上げる狂人の宴はまだ続いていると言うのだろうか。もう付き合っていられない! 由宇は銀娟の手を握り、温室から逃げ出そうとした。しかし、銀娟はその場で立ち止まり動こうとはしなかった。 「早く逃げないと!」 銀娟は由宇の手を振り解き、噴水に近づいていく。そして、悲しげな声で述べた。 「永渚お姉ちゃん……」と。
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