9人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
01
今日は吉祥寺にある肉バルで待ち合わせ。
恋人ならば華やかな感じがしますが残念、同性の友人との昼飲みです。
この店は食べ呑み放題で2980円というめちゃくちゃリーズナブルな価格で、しかも三時間も肉もお酒もおかわり自由なので定期的に使わせてもらっています。
「おぉ、エイコ。久しぶり」
友人が来ました。
彼女の名はユウコ。
大学時代からの付き合いで、社会人になってからも会っている数少ない友人です。
久しぶりと口にしていますが、彼女とは最低でも月に一度は飲んでいるので久しぶりというのには違和感があります。
「とりあえず赤でいいよね」
「うん。でさ、いきなりなんだけど、ちょっと海外旅行に行ってて」
顔を合わせるなり自分の話を始めたユウコ。
彼女はいつもこうです。
そのせいか、ユウコにはあまり友人がいません。
まあ、私も人のことは言えませんが。
ユウコの話を聞きながら適当にお酒と料理を頼み、三時間の食べ飲み放題がスタートします。
そしていきなり話は飛んで、彼女は最近、映画の脚本を書いているようでした。
なんでも旅行で行った韓国で、とてつもなくインスパイアされたとかで。
「でね、今って動画配信とか自分でできるでしょ。そこでエイコにお願いしたいことがあって」
ユウコは畳み掛けてきました。
どうやら彼女は自作のショートムービーを撮って、それを有名な動画サイトに公開したいようでした。
そこで私には機材の用意と作品の監督をやってもらいたいようで、今日飲みに誘ったのはそれが理由だったようです。
「まあ、カメラとか照明とか機材なら大学時代のヤツがあるけど」
「だよね、エイコは映研の部長だったし、監督もやってたって言ってたから、絶対にやってくれると思った!」
身を乗り出してユウコは唾を飛ばしてきます。
まだ引き受けてもないのに、彼女はもう私が監督をやると思ってます。
彼女にはこういうところがあり、このノリについていけない人が多いのです。
「モグモグ、あたしとしてはエイコが監督と編集をしてモグモグ、あたしが主演すれば結構いいものが撮れると思うのモグモグ」
「喋りながら肉を食うなよ……」
私のツッコミなど気にせずに、ユウコは話を続けました。
彼女の中では私が引き受ける前からすでにいろいろ準備していたようで、飲みの後――つまり今夜に映画に出るキャストたちと顔を合わせて、それからもう撮影に入るようでした。
私が一度機材を取りに家に戻らなければいけないと言うと、ユウコは夜まで時間はあるといってワインと肉を口の中に流し込んでいきます。
いや、その前に監督をやるとしても、ワタシは作品に出てくる役も設定も把握していないのですが……。
「あのさ、ユウコ。さすがにいきなり知らない作品の監督は難しいと思うんだよね、私……」
「今読んじゃえばいいじゃん。あっという間に引き込まれるから大丈夫だよ」
ユウコはそう答えると、私に台本を渡してきました。
ちなみに映画は中世ヨーロッパを舞台にしたファンタジー作品のようです。
そして台本の表紙を見るに、彼女が脚本と主演を務める映画のタイトルは『ローマと共に去りては、風とタイタニックでカサブランカの休日へ』でした。
その名から察するに、ジャンルはラブロマンスでしょう。
あらゆる恋愛映画の名作たちが、まるでフランケンシュタインのようにつなぎ合わされています。
ユウコとしては、最近の流行りの傾向はタイトルが長文だそうで、それに倣ったとか。
しかし、私は思いました。
それはウェブ小説であって、映画の傾向ではないのではと。
とりあえずやることにした私は、台本からどんな役が出るのかを知ることにしました。
いくら名作のパクリ、いやオマージュが多いとはいえ、個性的なキャラクターが出ていればそれはそれでなんとか観れるものになるはずです。
まず最初に書かれていたのはユコという平民出身の女性で、これはユウコが演じる主人公でしょう。
設定では平凡な容姿、性格ながらも、想い人のためならば奮闘するような人物のようでした。
人物像はありきたりではありましたが、観る人の共感を得るならばやはり特徴のない主人公のほうが良いとは思いました。
「まあ、主人公はこのくらい平凡なほうがいいか」
「やっぱわかってるねー。でも、出てくる登場人物は個性的な登場人物ばかりだから、きっとエイコの監督魂に火を付けてくれると思うよ」
「へー、そいつは楽しみ」
私はユウコにそう言うと、次のページへと目を動かしました。
以下がこの映画の登場人物となります。
·王子_ヒイロ
頭もよく武芸にも優れた上に、真面目で優しいユコの想い人。
決め台詞「相変わらず飽きさせない人だね、君は」。
実はユコのことが好き。
·敵国の王子_ロック
王子でいながら複雑な立場から粗暴な人物になった手が付けられない乱暴者。
ユコとはとある事情から幼なじみである
決め台詞、「勘違いすんじゃねぇぞ。オレは別にお前のために動いたわけじゃねぇからな」。
実はユコのことが好き。
·ヒロインの兄で騎士_シンセ
ユコと血のつながりのない少し心配性な兄。
決め台詞、「まったくお前という奴は。もっと自分が女だということを自覚しろ。見ているこっちが恥ずかしくなるだろうが」。
実はユコのことが好き。
……決め台詞、いや最後の一行のせいか。
灯りかけた監督魂の火は消えてしまいました。
「キャストはもう数ヶ月も前からみんな役作りも終えているから。最高の脚本に最高のキャスト、そしてエイコがメガホンをとってくれれば成功間違いなしだよ!」
もう不安しかありませんでした。
最初のコメントを投稿しよう!