屋上から見えた神さまは

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◆  それは唐突に訪れた。  瞬次と屋上で仕事終わりに待ち合わせをし始めるようになってから、それほど時間は経っていない。夏は終わりかけていて、段々と季節が秋へと移り変わる頃。  わたしは彼に、「空を飛ぼう」と言った。  週末の夜のこと。お店が終わってから午後十一時を過ぎた辺り、わたしたちはしっかりと飛行に必要な装備品を身につけて、いつもの屋上から空へと舞い上がった。  瞬次は疲れていたはずだ。それでも優しい彼はわたしのわがままに付き合ってくれた。  金曜日の夜はそれこそ星のようにフライヤーがたくさんいて、多くのカップルで賑わっている。キラキラと青や赤や黄色や緑色に光る発光体が美しく見えた。  スピードは決して速くはない。ゆっくりと、それこそ散歩をするようにわたしたちは空を進んだ。  幹線道路にはライトを点灯させた車が往来している。その上空を雲のようにふわふわと流れていく。わたしたちだけじゃない。みんな好き勝手に空を舞っていた。飛行警察が空を管轄しているので、無茶なフライトはできない。危険飛行は一発でアウト。減点はもちろん、場合によっては免許取消し、もしくは即刻逮捕なんてケースもある。 「もっと高くに行こうよ」  どうしてそんなにもわがままだったのか、自分でもわからなかった。瞬次とこの景色を共有したい。もっともっと綺麗な夜空を眺めたい、そんな思いがあったのかもしれない。  法定速度はきっちりと守っていた。法定高度も。それを理解していても、わたしはもっと高く飛びたかった。誰もいないところまで、瞬次と二人で。  高度三十メートルを超えると、人の数が極端に減っていく。 「ほら、見て」  法定高度を少しだけ超えただけで、フライヤーたちが下の方に見える。そのさらに下には街の明かりがあって、まるでこの世界はわたしたちだけのもののように思えた。 「綺麗だ」  彼はわたしの手を握った。そして、口づけを交わす。誰にも見られていない夜空で。  何枚も写真を撮り、ツーショットも撮影した。 「そろそろ帰ろうか。さすがに疲れた」 「ごめんね、わたしのわがままで。帰ろう」  そう言ってゆっくりと降下していく。小さかったフライヤーたちの光の粒が次第に大きくなる。  彼はわたしよりも先に下へ降りた。それに続くようにわたしも下へ。そのときだった。
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