祈りの手

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 寒かっただけなんだ。  朝、バス停でバスを待っていた。けれどいつもの時刻になってもバスが来ない。  スマホで調べたら、交通事故の影響で遅延しているとのことだった。  会社にそのことを連絡し、遅れてしまうことを伝えたが、バスはいつ来るのやら。  家の近所に駅はなく、最寄りと呼べる駅まで徒歩で三十分以上。バスを待つ以外に移動手段はない。  いつもなら、家を出て五分も待たずにバスに乗れる。だから防寒に力を入れてないが、こうなると、待ち時間の寒さが身にしみる。  その場で足踏みしたり手に息を吐いたりしたが、寒さは募る一方だ。それでもこの場所を動くことはできず、俺は身震いしながら両手をこすり合わせた。  その時、側の壁の方から物音が聞こえた。  いつもはほとんど待たずにバスに乗るので気づかなかったが、壁に小さな落書きがある。  四本の線で描かれた鳥居のマーク。そこの前に立つ、鳥居に両手を合わせた姿になっている俺。  そんなつもりはまるでない。そもそも落書きの存在すら知らなかった。なのに、形だけでも俺は『何か』に祈ってしまい、それに『何か』が応じてしまった。  本来、そんな作りになっていない壁が開いていく。その光景を、逃げ出すこともできず、ただ俺は見つめていた…。 祈りの手…完
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