8.法服

1/1
前へ
/10ページ
次へ

8.法服

1か月後、おじさんの訃報が届いた。 身寄りのない死亡者として、自治体によって火葬されたらしい。 弁護士から連絡をもらったとき、「そうですか」としか言えなかった。 法令集や公判記録がぎっしり詰まった本棚が色あせて見えた。 赤にも青にもなれず、黒く染まるしかなかったおじさんの最期を思った。 私は法服を持って席を立ち、書記官室を横切って廊下に出た。書記官たちが私を見て不思議そうな顔をしていた。 「あなたも、生きるの、大変でしょう?」 看護師の言葉を思い出す。 有罪判決がひっくり返ることはない。裁きを与えたのは私だ。 だが、寂しかった。 誰もいない法廷に入ると、むっとする湿気と埃のにおいが肺に入った。 ふわりと法服をまとい、合掌した。 この静寂は、とおじさんだけの黒だった。 (了)
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

30人が本棚に入れています
本棚に追加