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1.再会
吉野孝蔵。東京都在住。82歳。無職。
どろんとした目だった。厚いまぶたの奥が濁っていた。
「検察官、起訴状を読んでください」
私の声でベテランの男性検察官が起立した。軽く咳払いしてから「公訴事実」と宣言し、起訴状を読み上げる。
「被告人は、コンビニエンスストアから現金を強奪することを計画し、令和5年11月24日午前1時ころ、宝町1丁目23番、コンビニエンスストア『ファミリーセブン』において、同店従業員田中太郎(当時52歳)に対し、『金を出せ』と言いながら持っていたカッターを突きつけて脅迫し、抵抗できなくさせた上、同店のレジ内にあった現金6万3千円を奪い取ったが、その際、追跡してきた田中太郎の腹部を右こぶしで殴って尻から路面に転倒させ、よって、田中太郎に全治1か月間を要する臀部打撲の傷害を負わせたものである」
検察官は一気に読み、最後に力を込めて述べた。
「罪名及び罰条。強盗致傷、刑法第240条前段」
着席するのを見届けると、私は被告人に視線を向けた。
「ここで注意しておくことがあります」
被告人もぼんやりとこちらを向いた。
「あなたには黙秘権という権利があります。答えたくない質問には答えなくていいし、最初から最後までずっと黙っていることもできます。ただし、話をしたことは、有利な証拠にも、不利な証拠にもなります。分かりましたか」
「はい」
「では質問しますが、先ほど検察官が読み上げた起訴状の内容は、その通りで間違いないですか」
「はい、間違いありません」
被告人はあっさりと罪を認めた。
そのとき、事件が起きた。
「あっ」
被告人の目に生気が宿り、私をまっすぐ見つめた。
「もしかして、南条さんちのボウズでねが?」
法廷内のすべての人――検察官も、弁護人も、刑務官も――が、一斉に私たちを見た。
「被告人、私語はつつしむように」
私は極めて冷静に指導した。が、傍聴席の一角を陣取る報道記者がざわついた。これでは差支えがある。俗な言葉でいうと、これはヤバい。
「審理に戻ります」
被告人はすいません、とこめかみをかいた。
中正公正を象徴する黒い法服の下で、冷や汗がじわりとにじんだ。
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