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プロローグ
私は動揺していた。
証言台に知っている顔がいる。
はげた頭、欠けた前歯、たるんだ頬。
そして唐草模様の手ぬぐいにくるまれた左手。
間違いなくあの「おじさん」だった。
蛍光灯に白さを借りた壁紙と、墨をぼかしたような灰色の床が鬱屈とした気分にさせる。
「開廷します」
私の使命は一つだけ――裁判官としての任務を全うすることだった。
「これより、被告人・吉野孝蔵の強盗致傷事件裁判を始めます」
覚悟を決め、深く息を吸った。むっとするような、湿気と埃のまじったにおいが肺に入った。
20年ぶりに会ったその人は、犯罪者になっていた。
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