【Day5】消えた抑制剤

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 香りの良し悪しはともかく、莉央にとっては歓迎できない展開だ。殺人を歓迎するわけではないが、少なくともこれまでのごたごたにはゲームの進行を妨げる効果があった。  アルファたちがオメガを誘惑しようとさり気なく漂わせているフェロモンが混じり合い、胃がムカムカしてきたところでキッチンから橘が戻ってきた。 「果物を剥きましたよ。皆さん気が立ってるようだから、甘いものでも食べて落ち着きませんか」  橘のシダーウッドの爽やかな芳香と、カットされたりんごのフレッシュな香りでダイニングの空気に清涼感が増した。 (ああ、やっぱりこいつのが一番いい匂い――)  朝からアルファの色気ムンムンな匂いなんてかぎたくはない。それはアルファ同士だって同じだろう。抜け駆けしようとあえて性フェロモンをにじませていた岩崎と滝川がきまり悪そうに咳払いしている。 「どうぞ」  彼らにも橘は切ったりんごを配った。莉央は温かいコーヒーと甘いりんごを食べて、少しだけ気分が良くなった。急にフルーツだなんて何を言い出したのかと思ったけど、橘は疲労したアルファたちの会話がギスギスした空気になることを見越してりんごを剥いてくれたようだ。 ◇  結局その日は莉央の提案でメンバーの半数が食品類の整理をするため屋敷に残り、半数が島の探索に向かうこととなった。屋敷に残った人員で冷蔵庫の傷んでしまった食材を廃棄し、地下の食料品庫から日持ちする常温品をキッチンへ運ぶ。  岩崎医師、乃木教授、滝川社長の三人が屋敷に残りたいと主張した。橘は莉央を心配したが、莉央は今日ならまだヒートも来ないし、三人がお互いに牽制しあっているのもあるので大丈夫だろうと判断した。  大隈警部としても、どうせ探索を一緒にするならこの中で最も体力がありそうな橘とバディを組んだほうが良いと判断したのだろう。反対はしなかった。 「じゃあ、昼に一旦戻ってくる」  そう言って大隈と橘は外へ出ていった。  莉央は朝食の後で念の為発情抑制剤を服用した。昨日よりは体調が良いが、無理をすればまた昨日のように倒れかねない。乃木教授は莉央のことを心配して、自分も細くて非力なのに腕まくりをし、傷んだ食材を一生懸命裏庭のコンポストへと運んだ。  岩崎と滝川は地下から莉央が選んだ缶詰やレトルト食品を一階のキッチンへと運ぶ。冷蔵庫は冷えなくなったが、空いたスペースに缶詰などを収納することにした。  莉央は指示を出し終えると彼らが食料を移動させている間、各部屋の寝室を回ってシーツを変えた。掃除ロボットを起動させて各階の清掃をさせる。ロボットの手が回らないトイレやシャワー室は莉央が掃除をした。  ロボットも、充電が切れるともう充電ができないため明日からは掃除も全て自分たちで行わなければならないだろう。  掃除を終えた莉央はその後キッチンで昼食の準備をした。
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