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十二時を回った頃、橘と大隈警部が一旦帰宅した。「やはり何も見つからない」と二人とも肩を落としている。
缶詰を利用したソースでパスタを作り、全員で食べた。配膳ロボットも昼食の途中で充電が切れたので、使えなくなった。食べるのは五人に減ったとはいえ、これから一週間男五人分の食事を用意して下膳までやると考えると莉央もちょっと憂鬱だ。
「莉央、顔が赤い」
ダイニングテーブルで隣に座っていた橘が食事をしながら静かに指摘してくる。
「え?」
自分の頬に手を当てると、たしかに熱いみたいだ。
「あー……。ちょっと午前中動き回って疲れたかな。薬飲むよ」
「片付けは俺たちでやるから、少し部屋で休むといい」
莉央は薬を飲もうとした。するとボディバッグの中にピルケースがなかった。
(あ、そうだ。朝飲もうと思って洗面台のとこに出しっぱなしだ……)
管理人室へ戻ってシャワールームに置いたピルケースを取りに行くと、洗面台にケースが見当たらない。
(あれ? 朝たしかここに置いたはず――)
ナイトテーブルの上だったろうか。莉央はそちらも確認するが、やはりピルケースはなかった。
「なんでだよ?」
自分が着ている服のポケットなども探すが、どこにもない。
(まさか、誰かに盗まれた――?)
「クソっ」
莉央は力任せに床を踏みつけた。
無線機が壊されたとき警部が話していた通りなら、管理人室の鍵はあってないようなもの。
しかしアルファたちが代わる代わる見張りをしていたのだから、まさか薬を盗みに入られるとは思ってもみなかった。
ダイニングに戻り、全員の表情を注意深く観察しながら抑制剤がなくなったことを話した。その場にいた全員が一様に驚いて見せ、どの人間の表情もとくに怪しいところは見当たらない。
そんな中、橘が提案した。
「莉央の部屋はもう二度も悪意ある人間の侵入を許していて危険すぎる。一階の深山さんの部屋だったところか、二階のマネージャーの部屋だったところに移った方が良いんじゃないか?」
正直死人の部屋に移るのはあまりうれしくはないが、そうも言っていられないだろう。莉央は新しい部屋を二階のホストクラブマネージャーが使っていた客室に決めた。
橘と警部は午後の島内探索を諦めて、屋敷内に隠されているはずの抑制剤を探してくれることになった。
「リオ。俺がいくらか抑制剤を持ってきているから渡すよ」
「まじ? 助かる」
岩崎医師が手持ちの抑制剤を分けてくれることになった。荷物を二階へ運び、医師の薬をもらうため二人で階段を上がる。岩崎はマネージャーの隣の部屋なので、莉央の衣類を運ぶのを手伝ってくれた。
莉央が部屋のクローゼットに荷物を詰めていると、岩崎医師が自室から抑制剤を持ってきた。
「少しだけどあったよ」
彼は室内に入るなりそう言って、莉央がホッとするのもつかの間後ろ手に部屋の鍵を掛けた。
(え、なんで鍵……?)
莉央があっけにとられていると、岩崎医師はにっと笑った。彼は錠剤のシートを掲げてみせた。色からして、国内で最も流通しているタイプのオメガ向け発情抑制剤だ。
「この薬が欲しい?」
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