【Day5】消えた抑制剤

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「――くれるって言ったよな?」 「あげるよ。だけどタダってわけにはいかない。無人島でオメガが一人困ってる――それをアルファのこの俺が助けるんだよ?」  岩崎がにやにやしながら薬をポケットにしまった。 (――どういうつもりだ?) 「わかるよなぁ?」と彼は舌で唇を湿らせた。そして反対のポケットから別のパッケージを取り出す。コンドームだ。 「これを使わせてくれたら、抑制剤をあげる」  とんでもない交換条件を出されて莉央は絶句した。侮辱的な彼の態度にムカついて吐き気がする。 「あんたさっき薬は使わないで口説くとか言ってなかった? だっせぇな」 「ハハハ。なんとでも言ってよ。詐欺師相手に嘘ついて何が悪い? こんな島に閉じ込められた以上、オメガの君はその体で取引するしかないんだ。さあ、おとなしく服を脱いで。そしたらちゃんと必要な分の抑制剤を君に渡そう」 「嫌だね。なんでそんなことしなきゃならねえんだよ」 「悪いね、リオくん。俺だってこんな卑怯なことはしたくない。しかし既に人が二人も死んでいる以上、俺は誰も信用できないんだよ。ここから無事に出るためには君とつがいになるのが確実だと判断したんだ」  岩崎医師がクローゼットの前にいる莉央に近寄ってくる。莉央はじりじりと後ろに下がるが、すぐに引き出しに当たってそれ以上は距離をとれなくなる。岩崎医師はゆっくりと距離を縮めながら、じわりとアルファの誘惑フェロモンを放出させてきた。 「……来るな……やめろ!」  クリーミーなバニラ系の香りが漂ってくる。ヒートが近い状態で嗅ぎたくない甘さだ。呼吸が浅くなり、ひとりでに汗がじわっと滲んでくる。 「く……っ」  自分からもおそらくフェロモンが出ている。その証拠に岩崎医師がますます不敵に笑った。目つきも怪しい。 「ああ、いい匂いだ。君には大枚をはたいたのに結局触らせてもらえなかったからね――。ようやく俺のものにできる」  人が死のうが、島が停電しようが、相変わらず全身をハイブランドのロゴ入り衣服で固めている岩崎。プライドが高くコンプレックスの強いアルファの彼が、オメガに金だけを奪われて泣き寝入りするはずがなかったのだ。 「オメガのくせに、俺を騙そうなんて百年早いんだよ。ずっと君に復讐してやりたいと思っていた」  被害届を出しても不起訴になったのであきらめたと思ったが、ちがったらしい。 「岩崎……やめろ。俺と寝たってどうせお前はネックガードのロックを解除できない。おまえのつがいにはならないぞ」 「さあ、どうかな? これから君を思う存分に征服して、俺に噛んでくれって懇願させてみせるよ」 ――ただのバカだと思って舐めてたけど、こいつもやっぱりアルファってことか……。  医師だからと油断して二人きりになったことを後悔する。体が既に言うことを聞かなかった。熱くて、だるくて立っているだけでも限界だ。 「ふざけるな。これ以上この部屋に閉じこもってたら誰かがおかしいと思って飛んでくるに決まってる」 「そうだな。だけどこの鍵を開けて警部が飛び込んでくる頃には、もう俺のモノは君の体内に納まってるさ」  襟首を掴まれ、瞬く間にベッドへ押し倒される。 「よせ。離せ!」  莉央は力いっぱい叫び声を上げた。しかし、声がかすれていてあまり響かなかった。 「静かにしろよ、頭の悪いオメガだな。どうせなら楽しもう、リオ」  シャツを引っぱられ、ボタンが飛び散る。胸元があらわになり、彼がそこへ顔を近づけて思い切り莉央のフェロモンを吸い込んだ。恍惚とした表情になった彼から更にバニラの香りがどっと押し寄せてきて、莉央の視界が霞む。 「くぅ~、効くなぁ。ヒートのオメガフェロモンなんて久しぶりだ。ははは!」  岩崎は普段の気取った様子はどこへやら、フェロモンに酔ってラットを起こしかけていた。莉央も相手のフェロモンに当てられて腕に力が入らず、抵抗できなかった。 (だれか――。なんで誰も来てくれないんだ……)  胸といい腹といい、犬のようにハァハァ息を荒げながら舐めてくる岩崎の舌の感触が気持ち悪い。しかし、ラットしたアルファ雄の前でオメガの莉央は震えることしかできなかった。 (嫌だ――嫌だ……!)  するとそのときドンドン! とドアを叩く音がした。がちゃがちゃとドアを開けようとしているが、鍵がかかっているので開かない。 「橘……助けて……!」 「黙れって」  無意識に橘の名を読んだ莉央の口を岩崎が手で塞いだ。反対の手は莉央の濡れ始めた後ろのすぼまりに伸びてくる。 「ひぃっ。やめろ!」  しばらくガチャガチャとドアノブの音がしていたが、それがピタッと止んで足音が遠のいて行く。 (――だめだ、行かないでくれ!)  もうだめだと思った瞬間、バガン! と大きな音がして、木製のドアに穴があいた。莉央がぎょっとしてその穴を見つめていたら、隙間を覗くようにして血走った目が見えた。
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