船に乗って

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船に乗って

 猫の鳴き声がする。それも一匹ではなく、何匹もニャアニャアと鳴いている。 (うるさい。俺は餌になるようなものなんて持ってない。こっちに来るな……)  夢の中でまとわりつく猫を追い払ったところで目が覚めた。視界に入ってきたのは青い空と、たくさんの鳥の影。 「ん?」 (眩しい――どこだ、ここは?) 「やっと起きたか」  頭上から男の声が降ってきた。逆光で顔がよく見えないが、並外れた巨躯のシルエットとこの声は――。 「クマ……?」  のろのろと起き上がると、辺りは見渡す限りの海。絶え間なく感じる揺れは波によるもので、莉央は船に乗せられていた。頭の上でニャアニャアやかましく鳴いているのは猫ではなくウミネコだ。 (なんで海? そうだ、俺あの店で薬を盛られて……)  てっきり風俗店に引き渡されると思っていたのに、なぜか船で移動させられている。わけがわからないが、刑事の大隈がいるということはどうやら助かったらしい。 (いや、待てよ、そもそもあの男はオーナーの差し金じゃなく、おとり捜査官だったのか? 詐欺容疑で現行犯逮捕されたとか?)  安堵したのもつかの間、今度は警察に捕まったかもしれないと思い至って莉央は顔面蒼白になった。 「ここどこ? 言っておくけど俺は酒を飲んでただけで、なにも悪いことはしてないぞ」  すると大隈の背後から別の男が現れた。 「船で島へ向かってるんだよ」 「島……?」  その男が近づいてくるのと同時に漂ってきた香りには覚えがあった。 (え? この匂いは――……) 「まさか、(たちばな)……?」 「覚えててくれたんだ、神崎。久しぶり」  大隈に負けぬ長身にすっきりと整った男らしい顔立ち。黒髪でスポーツ選手のような体形の見るからにアルファらしい青年。莉央はその青年の爽やかでほのかにスパイシーな香りに一瞬で全身の皮膚が泡立つのを感じた。 (なんで、橘がここに……?)  微笑みを浮かべて莉央の名前を呼んだこの男は高校時代の同級生橘廣明(たちばなひろあき)だった。  莉央はこの男の香りをずっと忘れることができずにいた。なぜなら、このアルファのフェロモンがオメガの莉央にとって特別なものだったから――。
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