【Day5】大隈警部の説得

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【Day5】大隈警部の説得

 二階の部屋のドアが壊されてしまったため、莉央は再び管理人室に戻った。  岩崎の件もあり、アルファの部屋に挟まれた一階の客室を利用する気にはなれなかったのだ。結局この島にいる限り、どの部屋を使おうと安全ではない。ただそれだけだ。  莉央を脅すという強硬手段に出た岩崎医師は、「疲労で錯乱していた」と謝罪。しばらく自室で謹慎すると申し出て引きこもっている。  夕食は莉央が薬を飲んで寝ている間に、警部と橘の二人で解凍された牛肉を使ってビーフシチューを作ったそうだ。莉央も一眠りして起きた後に食べさせてもらったが、予想外に美味しかった。  橘も大隈警部も学生時代からボーイスカウトや部活など集団生活に馴染んでおり、大人数用の料理にも慣れていたのだ。屋敷を探している間にアウトドア用のランタンをいくつか見つけたそうで、応接間やダイニング、管理人室にはろうそくよりもいくらかマシな照明が戻ってきていた。  こうして無人島で過ごし、電気まで使えなくなってみると徐々に精神的・肉体的余裕がなくなり人間の本性が現れてくる。  岩崎医師の先程の行動も、閉鎖された空間で殺人が起きるという極限状態に置かれたストレスから来るものだろう。  だからといって莉央がそれを容認するわけにはいかない。なぜなら、この島で誰よりも大きなリスクを背負っているのは自分だからだ。  オメガで、しかもヒートが強制的に引き起こされてしまった。  抑制剤にも限りがあるし、信用できると思っていた元同級生も、今は信じていいのかわからなくなっていた。 (他に頼りにできそうなのは大隈警部くらいか――……)  アルファの人数が現在五人で、岩崎医師は自室謹慎状態。  そのため、三交代制だった夜中の見張りを二交代制にする必要があった。大隈警部と滝川社長が前半の三時間、橘と乃木教授が後半の三時間を担当する。  莉央は、今夜の前半に管理人室で見張りを務めることになった大隈警部を寝室に呼んだ。滝川社長は不満げだったが、ここで会ったばかりの彼は信用できるかわからない。  大隈は莉央のベッド横に置いてあるスツールに腰掛けた。彼の巨体で腰掛けるには小さすぎるが、他に椅子はない。ナイトテーブルに置かれたろうそくの灯りが彼の彫りの深い顔を照らし、背後の壁には熊のようなシルエットが投影されている。   「神崎、体調はどうだ」 「薬が効いてるから今のところは大丈夫。だけど、見つけてもらった抑制剤だけじゃ足りない」 「明日も引き続き探そう」 「……たすかる」 「それで、話っていうのは?」  莉央は大隈の顔を見つめた。警視庁S警察署バース性対策課の警部。バース性――特にオメガ関連の犯罪の全般を担当していて、性犯罪から美人局、詐欺や恐喝などその内容は多岐にわたる。莉央が彼と関わりを持ったのは、オメガの莉央がアルファ相手に詐欺を行った容疑で逮捕されたときだ。  正義感が強く、武道の心得がある。S区K舞伎町界隈のテナントオーナーやその背後の反社連中もこの刑事には一目置いている。   「あんたはなんでここに来たんだ」 「ふん、ようやく聞いてくれる気になったのか」 「どういう意味だよ」 「ここに来る前、最後に会ったときのことを覚えているか?」  莉央は睡眠薬で眠らされて船に乗せられる直前、この男と会ったのは当然覚えていた。 「当たり前だろう」 「その時俺が話があると言ったのに、お前は逃げた」 「……たしかにそうだったな。それがどうした?」 「あのとき、この島のことをお前に話そうと思っていた」 「え、じゃああんたこの島のことを知ってたのか!?」  大隈は人差し指を立てて口に当て、声を抑えるように指示しつつ無言で頷いた。 (そうだった。ドアの向こうには滝川社長がいるんだ) 「詳しいことはわからない。しかし、ここがお前の父親の持ち物だってことは突き止めていた。そして、ここでおかしな実験が行われているという噂を聞いた」 「実験……?」 「オメガとアルファを閉じ込めて、つがいにさせて子どもを産ませる実験だよ」 「はぁ? なんだそれ。――このゲームはじゃあ、実験だって言いたいのか?」 「俺にもよくはわからない。だけど、おそらくここの状況は何らかの方法で監視されてる」 (まじか。つまり島にカメラが仕込まれてるっていうのか?) 「俺は島中を探している間に、鳥類型と昆虫型のドローンをいくつか見つけた。軍の偵察用に使われてるものだ。俺たちが何者かによって監視されているのは間違いない」 「まじかよ。なんでそれを皆に言わなかった?」 「それはここで殺人が起きてるからな。実験とは無関係に、ここで殺人を犯している奴がいるとしたらそいつに監視カメラのことを教える義理はないだろう?」 「たしかに」 (ここで殺人が起きてることもモニターしてる人間は気付いてるってことか……) 「じゃあ、要するにここでの殺人は実験者にとっては実験を中断するに値しない出来事ってこと?」 「そういうことになるな」 「ありえねえ……。その実験って一体何が目的なんだ?」 「わからん。しかし、このままではお前は危険だ」 「それはわかってるよ」  莉央が頭を抱えると、大隈がとんでもないことを言い出した。 「だから、さっさとつがいになれ」 「ふぇ!? な、な、なにを……」 (まさか、このおっさんも気が変になった!?)
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