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【橘視点】オメガへの疑惑
警部が無事に戻ったことを屋敷の全員が喜んだ。
莉央が怪我をしたため、廣明が滝川社長と共に料理を引き継いで少し遅めの朝食となった。ヒート直前で体調が優れないうえ怪我もしてしまった莉央は、ダイニングの隣の応接間でソファに横になっている。何かあってもすぐ駆けつけられるよう、ドアは少し開けておいた。
(莉央はかなり追い詰められているし、もう限界だ。俺も二十四時間監視できるわけじゃないし、大隈警部までいなくならなくてよかったが……この先どうなるやら)
今後の行動に悩みながらアルファ五人全員で食卓を囲む。すると、警部がこれまでと打って変わって突拍子もない事を言いだした。
「今までは黙っていたんだが――今回の件で確信した。俺は、神崎が嘘を言ってるんじゃないかと考えている」
(え……? 急にどうしたんだ……?)
廣明は脈絡もなく莉央を疑いだした大隈に眉をひそめた。
「だってそうだろ。誰か一人でもこの島で部外者を見たか?」
警部の問いに滝川社長が首を振って答える。
「見てない。だけど、停電したとき見つかった死体は? あのときリオくんは俺と一緒に懐中電灯を探していたんだ」
それを聞いて「あるいは滝川社長、あんたも神崎の共犯かもな」と警部が言った。
「そんなわけないでしょう。彼とはここで初めて会ったんだぞ?」
「そうですよ。警部さん。リオくんのことは僕がずっと見守ってきましたが、本土で滝川社長と連絡を取っているところなんて見たことも聞いたこともありませんよ」
莉央のストーカーである乃木の言葉に、岩崎が「そういうことをしているからリオに嫌われるんだよ、先生」と鼻で笑う。
「憶測で妙な疑いをかけるのはやめませんか。俺は莉央の様子を見てきます」
先日のマーキングの件があってから、廣明が莉央の面倒を見ることに対して誰も文句を言わなくなった。滝川と乃木の視線を背中に感じながら応接間へ行くと、莉央の微かなうめき声が聞こえた。悪夢にでもうなされているのだろうか、眉を寄せて額に汗をにじませている。廣明は彼の横になっているソファの肘掛けに座り、癒やしフェロモンを注いでやる。すると、しばらくして莉央の呼吸がすやすやと穏やかなものに変わった。
(これでいい。ちゃんと寝て、体力を温存させないと帰りの船まで持たないからな――)
ダイニングの方ではアルファたちがこの後の予定を話し合っている。しかし、警部がいきなり莉央に疑いを向け始めたのには驚いた。
(一体彼は何を考えてるんだ? 彼は味方だと思っていたのに)
この状況で、オメガの莉央に何かできるわけもない――それなのに、彼に疑いを向ける理由はなんだろう。
◇
結局アルファたちの話し合いの末、莉央の部屋を調べてみようということになった。
人影を見たと言っただけでそこまで疑われると思ってもいなかった莉央は不満そうだったが「やましいことはないから好きに調べろと」部屋から出ていった。廣明のフェロモンにより少し体調も回復して、キッチンを片付けている。
莉央の部屋を調べている中で、乃木教授がベッド上に飾られている絵に注目した。
「あれ、これは歌詞じゃないですか」
「どれだ?」
太い毛筆で書かれた額入りの達筆な文字は、よく見るとかごめ歌の歌詞だった。
「やっぱり、かごめかごめの歌詞が重要なんでしょうかねぇ……」
「先生は民謡や童謡にも詳しいんだろう? あの歌のことをもう少しちゃんと教えてくれ」
警部に解説を請われて乃木教授は以前廣明が聞かされた「鶴と亀」イコール「アルファとオメガ」説について語った。
「なるほど。じゃあその歌詞の通りにアルファとオメガがつがうことが会長の言う”愛の証”。それでゲームがクリアってことになるのかもしれないな」
乃木教授が更に持論を述べる。
「僕はちょっと考えていたんですがね。もしかしたらこの屋敷の西側にある神社に鶴と亀に関わる手がかりがあったりしないかなと……。そこに暗証番号が隠されているかもしれません」
「ネックガードのロックを解除して、オメガとつがいになれば――これ以上人が死ぬこともなく無事に帰れるってことだな」
「もしクリアできれば、すぐにでも迎えの船が来るんでしょうか」
「どうだろうな」
まるで鹿やキジを狩るみたいに平然と話してるが、同じ屋敷のキッチンには莉央がいて、自分たちの食べた料理の片付けをしてくれている。廣明は他の参加者たちのデリカシーの無さにうんざりしてため息が出た。
(アルファが寄ってたかって、オメガのネックガードを外してつがいになるだと? どうかしてるな)
ここにいる男たちは暗証番号が見つかったとして本気で歌のとおりに実行する気なのだろうか。莉央が望みもしないのに、薬と暗証番号で押さえつけて無理やりことに及ぼうとでも――?
(そんなのが愛の証だって言うのか?)
「もしかして殺された二人は秘密に迫ったせいで消されたんでしょうかね」と乃木教授が額縁を見ながら眼鏡を押し上げる。
「この島にいる誰かが、手がかりに近づいた人間を殺していってるのかもしれないな」と岩崎がつぶやき、「たしかにそれはあり得る」と滝川社長も頷いた。警部が莉央の荷物をもとに戻して言う。
「神崎の部屋には他に怪しいものはなさそうだ。今日はもう暗いから、明日になったら神社を捜索しよう」
その晩も岩崎医師を除く四人により、二交代制で夜の見張りが行われた。
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