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大隈と乃木はその辺の岩に腰掛けて待つことにした。大隈はこの男とじっくり話すのは三度目だった。一度目は警察署で神崎の件について話を聞いた時。二度目は神崎に対するストーカーの件で任意同行を求めたとき。そして今回――。
「先生はここへどうやって来たんだ? 招待状はいつ頃届いた?」
「招待状が届いたのは、たしか二か月ほど前でした。僕はリオくんとなかなか連絡がつかなくなっていたから落ち込んでました。でもそんなある日、招待状が届いて……。最初は行くつもりはありませんでした。エルブランシュの会長と会ったって仕方がないし。だけど、招待状をよく見たら賞金と株のことが書いてあって――僕はもう少しお金を集めればリオくんに会えると思ったんで、ここに来ることを決めました」
「なるほどね」
(結局こいつはリオのことしか頭にないのか……)
「でも、まさかここで警部さんにお会いするなんて思ってもみませんでした。あなたも賞金目当てですか? 公務員ってお給料ちゃんとしてそうですけど」
「俺は――刑事を辞めたくて来た」
「え~! 辞めちゃうんですか? どうして……」
(お前みたいな奴とオメガのごたごたに関わりたくないからだよ)
「まあ、家族のこととかいろいろあってな。金をもらって、人生について考えなおそうと思ったんだよ」
「人生かぁ。僕は大学に戻れるかもわからないですし、ここでリオくんに再会して彼に人生を捧げる覚悟をしました。ゲームには反対ですが、どうせ中止できないなら彼のつがいになりたいです。もし彼とつがえるなら、お金はいらないですよ」
あくまでも神崎との接点を持つためにここへ来たと主張する乃木。その意気揚々とした様子が哀れでならない。
(お前に金が必要なくても、神崎には金が必要なんだよ)
「何度も言うが、あいつは詐欺師だぞ。岩崎先生の件は、証拠が足りなかっただけで間違いなく金目的だった」
乃木教授はそれを聞いてクスッと笑った。
「僕だってそんなことは知ってますよ――でもそれでもいいんです。彼は僕に夢を与えてくれる。それが本当か嘘かなんて関係ないんです。輝いてる彼のことをそばで見守りたい。そのためならなんだってしますよ」
大隈は乃木の達観したような瞳を見つめてぞっとした。こういう執着の仕方をする人間はどんな行動をするか予測が難しい。
海を見つめながら、大隈は尋ねる。
「先生、家族は?」
「いないですよ。子どもの頃に両親が死んだので――。だからリオくんと結婚して幸せな生活をしてみたいなって。まあ、他のアルファと比べて僕は年だし、選ばれるかわからないけど。リオくんはきっと橘くんか滝川社長みたいなアルファが好みでしょうね?」
「まぁ、オメガから見ればあいつらみたいなのが魅力的なんだろうがね」
「でも彼らはリオくんのことなんて何も知らない。セックスは上手いかもしれないけれど幸せな結婚ってそういうことじゃないですよね。警部さん、ご結婚は?」
「したことはあるが――」
(俺に幸せな結婚なんて語る資格はない)
するとそのとき、乃木が立ち上がって崖を指さした。
「あ! 刑事さん見てくださいあれ! 穴みたいなのが見えません?」
「たしかに……。行ってみよう」
二人は崖下へ走り寄った。鶴と亀に似た岩があるその横の壁に、人ひとりが通れそうな穴がぽっかりと口を開けていた。
中を覗いている乃木の後ろに立つ大隈はふと崖の上を見た。
「おい、今何か聞こえなかったか?」
「え? いいえ、僕は何も――」
「悲鳴みたいな声が聞こえた」
「え?」
「ちょっと行ってくるから先生は先に入っててくれ!」
「え? でも、怖いですよ。僕一人なんて――」
大隈の剣幕に乃木教授はおろおろするばかりだ。
「何か嫌な予感がするんだ。あの医者がまた神崎を襲ってるのかも。潮が満ちてここに入れなくなる前に、先生が中をチェックしてくれ! せめて入り口だけでも」
「わ、わかりました。リオくんが危ないなら、警部さん早く行ってください」
「奥までは行くなよ。迷ったら困る」
大隈は乃木が洞穴の中に入っていくのを見届けて、来た道を引き返した。屋敷への坂を登りながら大隈は苦虫を噛み潰したような顔でつぶやく。
「悪いな……。俺はどうしても家族の元へ帰りたいんだ」
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