【Day7 橘視点】オメガの巣作り

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【Day7 橘視点】オメガの巣作り

 廣明は莉央の代わりに皆の昼食を作っていた。ガスが使えるので、鍋で米を炊いて握り飯を作る。卵焼きと浅漬を作って簡単に済ませられるようにした。もはや皆、食事などに気力や体力を使える状況ではなくなっていた。  莉央は薬を飲んで部屋で休んでいる。服薬後も微量のフェロモンが漏れているため、廣明がマーキングしたとはいえなるべくアルファと接触しないのが得策だ。ここにいるアルファたちはそこかしこに漂うオメガのフェロモンを無視できなくなりつつある。  かといって、廣明と警部の牽制が功を奏しているのもあり直接莉央にアプローチをかけようという者は岩崎以外にはいなかった。  この島に廣明や大隈警部のような人間がいなければ、今頃莉央はアルファ雄たちの餌食になりとっくに誰かとつがいになっていたに違いない。  ヒートを起こしているオメガと複数のアルファが無人島で同じ屋敷に暮らす――こんな状況があと何日持つだろう。 (……耐えろ。あと少しだけ……)  本当なら、相性の良いアルファである自分がヒートをしずめてやりたい。そうすることでオメガのホルモンは安定し、ヒート中の肉体的・精神的負担が少なくなる。  しかし莉央は廣明のことも完全に信用してくれてはいない。先日発情して廣明を誘ってきたときですら、莉央は最後までは体を許さなかったしうなじのガードも堅かった。  あの時点で廣明がつがいになっていれば、今頃莉央は他のアルファの前に堂々と出ることができただろうに――。  発情中のオメガがアルファにうなじを噛まれてつがいの契約が成立すると、つがい以外の相手には性フェロモンが効かなくなる。つまりヒートを起こしても、つがい以外のアルファに襲われる危険はなくなるのだ。  廣明としては、莉央のヒートが始まってしまった以上は早めに彼とつがいになって守りたかった。しかし、オメガにとってつがい契約は一生に一人の相手としか結べない重要なものだ。そう簡単に決心がつかないのは理解できる。  白羽功一郎がこのゲームにおいてオメガをつがいとすることを『愛の証』とみなしているのはこの事実を反映してのことなのだろう。  廣明は高校生だった当時自分の目の前から忽然と消えた莉央にもう一度会いたくて、彼がここに来ると知ったとき迷わず招待を受けた。しかし、莉央がまさかこんな危険な目に遭うゲームが待ち受けているとは思ってもいなかった。  元同級生として――運命の相手としてもっとすんなりと莉央の心を開かせられる予定だったのにうまくいかず、廣明は焦りを感じていた。マーキングしてやったときに意図せず怖がらせてしまったのか、莉央の態度が突然冷たくなったのも気がかりだ。  それまで莉央はこの島で自分を守るよう協力を求めてきたり、廣明のリリーフフェロモンを欲しがったりと少しずつこちらに打ち解けてきている感触があった。しかし莉央が岩崎のせいでが発情し、それをなだめてやったときから彼とどうもギクシャクしている。  もしかして、ホルモンの乱れでいらついたりするタイプなのだろうか?   薬が足りないのかもしれない。オメガのヒートサイクルが始まってしまえば、いくら抑制剤を飲んだとしても約一週間は完全にあの甘くて蠱惑的なフェロモンを止めることはできない。しかも抑制剤の数は十分ではなかった。 (俺が渡した薬もすぐになくなるだろう。莉央の薬を盗んだのは誰なんだ?)  一番怪しいのは、莉央を襲った医師の岩崎。乃木教授も莉央のことをストーカーしていた経験があるらしいから、ゲームに反対するフリをしながらこっそり莉央の部屋に忍び込むくらいやりかねない。  優しい顔をしてゲームをやめようとしない滝川社長だって信用はできなかった。警部だけは廣明と一緒に熱心に莉央のための薬を探していたから、おそらく違うだろうが――彼ですら最近莉央に根拠の希薄な疑惑を向けるなど、行動が理解不能になってきている。   (みんなどうかしてる。だけど俺も最後まで正気を保てるか――)  今のところ、岩崎以外に莉央に直接危害を加えようとした者はいない。しかし、全員疲れもピークに達していて莉央のフェロモンに抗うのにも限界がきている。当の廣明ですら、莉央のフェロモンを一度間近で浴びてしまいラットを起こさないようにするので精一杯だった。何か見落としているのかもしれないが、性フェロモンに脳が刺激されて思考能力が低下している気がする。  あのとき発情した莉央がどれだけ欲望を掻き立てる匂いをさせていたか――潤んだ瞳で見つめられ、こちらのフェロモンをねだられて理性は吹き飛ぶ寸前だった。 (あいつが承諾していたら、俺は間違いなく奥の奥まで犯して中に注ぎ込みうなじを噛んでいた)  そこまで考えて廣明ははっとし、力を入れすぎて握りつぶしてしまった米の塊を見つめた。自分の手の中でぐしゃぐしゃに潰れた白い粒の残骸――。 (俺は何を考えてるんだ? 犯すだなんて、莉央のことをこうやってボロボロにする気か? 馬鹿な……)  これではゲーム主催者の思う壺だ。自分は賞金や株が欲しいわけじゃないし、無理やり莉央をつがいにしようなんて思ったりしない。とにかく、十一日目の夜まで、莉央を守らなければ――。 (あの爺さんは、一体どこで何をやってるんだ? ここは本当に安全なんだろうな)  廣明がここに招待されたのは今から約二ヶ月前のこと。当時莉央が参加することを廣明にこっそり教えてきた老人がいた。その彼に、十一日目までなんとか莉央を守りきれと言われている。現在七日目だから、今日を除いてもあと四日残っていた。
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