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【橘視点】フィルムの続き
この日の昼は大隈たちがいつ戻るかわからないため、持ち運び可能な食べ物を用意しておいてそれぞれが好きな場所で食べることにした。すると岩崎医師が握り飯を持って自室に戻った後、滝川社長が廣明を応接室へ誘ってきた。
二人でテーブルを挟んでソファで一緒に食べる。
滝川社長とは一度ゆっくり話をしてみたいと廣明も思っていた。だから、向こうから一緒に昼を食べようと言われてすぐに応じた。
(だが向こうから誘ってくる理由はなんだ――?)
滝川はずっと莉央にアプローチをかけたがっていたし、ゲームに最も乗り気な人物だ。そんな彼にとって廣明は邪魔者でしかないはず。
(何か探りを入れられるか、もしくは仲間になろうとでも言う気か?)
身構えた廣明に対し、滝川は握り飯をうまそうに頬張って微笑みかけた。
「このおにぎり美味しいな。橘くんは料理が上手なんだね。俺は全然できなくて」
「そうなんですか? たまにキッチンで莉央のことを手伝ったりしてましたよね」
「野菜の皮むきとか、洗い物や片付けだけね。それもあんまり得意じゃないよ」
(……こんな雑談をするために俺を誘ったのか?)
廣明は彼のことを少し探ってみようとこちらから質問する。
「滝川社長、ご結婚は?」
「……いや、独身だよ。君は若そうだし、まだかな?」
「ええ」
「俺は結婚はしていないが、実はオメガのつがいがいる」
「え……?」
(このことを話そうとしてたのか)
「驚いた顔してるね。リオくんのつがいになろうと必死だったんだから当然か」
「もうつがいがいるなら、どうして――……」
「金のためだと言ったら軽蔑されるかな」
滝川は整った顔に疲労をにじませて笑った。彼は以前三十二歳だと話していたから経営者としては若手の部類。既につがいがいるのに金のために他人とつがいになろうとしているということは――。
「そんなに金が必要なんですか? あなたの会社は知ってますが、業績が悪いとも聞いてませんし――何か仕事以外の理由でも?」
滝川の芸能プロダクションは業界の中堅として軌道に乗っているように見えた。ただ単にもっと上を目指して事業を拡大しようとでもいうのだろうか。
「おかげさまで会社は順調だ。ただ――俺のパートナーが病気で、治療費が必要なんだ」
「じゃあ、まさか治療費のためにここへ?」
「ああ。藁にもすがる思いで来たんだ。もう海外で手術を受ける以外打つ手がなくてね。自分のつがいを失うくらいなら、他のオメガとつがいになるくらい耐えようと思っていた。この島で殺人が起きても、冷たいことを言うようだけど他人のことだからね。俺は、愛する人の命がかかってるから絶対最後まで勝負を諦める気はない」
「滝川さん……」
彼はモデル上がりの派手な顔に似合わぬ苦々しい表情を浮かべた。
「だけど、ここまでくるとちょっと黙っておけなくて――」
「なんのことです?」
「先日、リオくんも一緒に白羽会長の映像を見ただろう?」
たしかこの島に来て三日目の晩のことだ。莉央にゲームのルールが知られて、かごめ歌の歌詞を確認するためにもう一度あのフィルムを上映した。
「それがどうかしましたか?」
「あの日はリオくんが怒って寝室にこもってしまっただろ?」
「ああ……そんなことがありましたね」
莉央は一度寝室にこもった。それを廣明と警部でなんとかなだめて、三人でキッチンとダイニングを片付けたのだ。その後、応接室に残っていたアルファたちと合流して莉央の見張り番をする順序を決めたのだった。
「あの日俺は一番最初の時間帯に岩崎先生と見張りをしていた」
「そうでしたね。その次が俺と乃木教授の番で、交代のときは特に何もなかったと言ってましたよね」
「ああ。だけど実は――俺だけ気付いたことがあって」
「一体なんです?」
「リオくんが本来なら片付けるはずだったあのフィルム。彼がふてくされて放置したままだったから、俺がリオくんの寝た後に片付けたんだ」
「ああ……そうだったんですか」
莉央の寝ている部屋と扉一枚を隔てて、管理人室で一瞬だけ岩崎医師が一人で待っていたことになる。そのことを言おうとしているのかと思ったがそうではなかった。
「それでフィルムを巻き戻してから片付けようとしたとき間違えて早送りのボタンを押してしまったんだ」
「へぇ、それで?」
「写ってたんだ……その後に映像が」
「え、あれで終わりじゃなかったんですか?」
滝川社長が頷いた。
「あのフィルムには続きがあった。それも、口にするのもおぞましいような内容が――」
彼は話を一旦切って立ち上がった。
「一緒に見てくれないか。それが一番早い」
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