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【橘視点】第三の死者
滝川社長にひどい映像を見せられたせいで、廣明はその後食事が喉を通らなかった。
そして、十三時半過ぎになってようやく大隈警部が戻ってきた。屋敷に残っていた莉央を除く全員が一度応接間に集まる。
しかし、おかしなことに乃木教授の姿が見当たらない。
(警部一人だけ戻ってきたのか……?)
「乃木先生はどこに?」
廣明の質問に大隈は答える。
「先生はもう少し神社で調べたいから残るって言ってな。俺はまたこっちで誰かが神崎に何かおかしなことをしでかしてないか心配で戻ってきたんだ。異常はなかったか?」
「特に何もありません」
すると今度は滝川社長が警部に尋ねた。
「そんなことより、神社には何かありましたか?」
「いいや。祠の中も見てみたが、お神酒しか置いてなかった」
渋い顔で首を振る警部の言葉を聞いて一同は落胆した。
「なんだ……じゃあ振り出しに戻る、ですね」
「先生は一時間後に戻ると言ってたから、待ってみようぜ」
「わかりました。ところで警部さん、お昼用意してあります」
廣明が警部と乃木教授の分も握り飯を作っておいたので、それを警部に勧める。
「腹減ってたからありがたいよ」
「乃木先生にも包んで持っていきましょうか?」
「いいや、あの人は一人で集中したいって言ってたぜ」
「そうですか」
腹が減っていたと言った割に、大隈警部はおにぎりを一つしか食べなかった。いつも食べっぷりが良いのに珍しい。
残った乃木の分のおにぎりを見つめて廣明は考えを巡らせる。
(あの小心者な教授が、一人で神社に残った……? どうも妙だな)
少し変な気はしたが、神社の話をするときの乃木教授はやけにテンションが高かった。オカルト的なことは好きなようだから、じっくり見たかったのかもしれない――。
◇
その後夕方になっても、乃木教授は戻らなかった。廣明はホールにある柱時計がボーンと五回鳴るのを聞いて立ち上がった。十七時だ。このままだと日が沈んでしまう。
「おかしいですね。いくらなんでも遅すぎる」
「橘くん。一緒に神社へ行ってみないか?」
滝川社長と二人で乃木教授を呼びに神社へ行くことになった。
外へ出て夕日で島全体が茜色に染まっているのを見た滝川が眩しそうに目を細める。
「なんだか不気味な色だな。ここへ来てから本当にろくなことがない」
「ええ。ほんとうに」
「橘くん、臆病そうな乃木先生が一人で残るなんて妙だと思わないか?」
「俺もそう感じていました」
「まさかと思うんだが……警部が――なんてことはないよな?」
その可能性については廣明も考えていた。
「リオくんを屋敷に残してきて大丈夫だったろうか」
「もし警部の目的が莉央だとしたらとっくに手を下してるはずです。それに、これまでの殺人の傾向からむしろ莉央に害をなす者が狙われているような気がしませんか?」
「……それもそうだな」
しゃべりながら十五分ほど歩いて、神社に到着した。鬱蒼と木々の生い茂るこの辺りは昼間でも薄暗い。今は日がほとんど沈んで、夜みたいに暗くなりつつあった。
祠の近くに人影はない。
「おーい、乃木先生!」
「先生、いますか?」
廣明は滝川社長と一緒に大声で呼んでみるが、返事はなかった。
「ここにはいないみたいですね」
「どこへ行ったんだ? もしかして、何かヒントを見つけて別の場所を探ってるのかも」
二人は西側の崖へと戻ってきた。太陽が水平線の下に沈み、朱色の空に濃紺のベールが下りつつあった。これがただのクルーズ旅行なら美しいと思ったかもしれないが、人が何人も死んだ上に今まさに失踪者を探している状態では暗い未来を予感させるばかりだ。
廣明は崖からぐるっと辺りを見渡す。
「あれ? まさか……滝川社長!」
「どうした?」
「あそこを見てください。東の海岸。あれ、人じゃないですか?」
廣明に言われて、薄暗くなりかけた砂浜の方へと滝川が目を凝らす。人が倒れているようだった。
「くそ、本当だ……!」
廣明と滝川社長が同時に走り出す。海岸へ降りていく道に出るには一度屋敷の前を通ることになる。廣明は屋敷に寄って声を掛けた。
「警部! 海岸に誰か倒れてます」
「なんだって……?」
警部が驚いた顔で玄関に現れた。
「すぐ行こう」
自室にこもっていた岩崎に声を掛けると彼も下に降りてきた。
「なんの騒ぎだ?」
「乃木先生がまだ戻らなくて、神社を探したけどいなかったんです。それで崖の上に登ったら、海岸に人が倒れてるように見えたので皆で行くところでした」
「くそ、またか……!」
岩崎は診察用具の入った小さなバッグを持ってきた。橘はここに莉央と残ろうか迷ったが、昼間単独で帰ってきた警部に乃木の救助を任せるのがどうも気がかりだった。
「滝川社長、莉央をみていてくれますか。一人にするのは心配なので」
「ああ、もちろん」
「じゃあお願いします」
さっきの映像を廣明に見せたくらいだから、滝川は警部より信用できるだろう。
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