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【Day7】発情抑制剤
莉央はおにぎりを半分だけ食べた後、橘の持ってきてくれたシャツやボトムス、薄手のカーディガンなどをベッドに置いてそれに包まれるようにしてうつらうつらしていた。
何時間そうしていたのか、窓からは夕日が差している。
一番強いフェロモンを感じる、さっきまで彼が着ていたネイビーのシャツ。それを両手で抱きしめるようにして顔を埋める。
「はぁ~……いい匂い……」
この匂いを嗅いでいるだけで少し体が楽になる。だけど、お尻からはアルファを受け入れようと勝手に分泌液が流れてくるのを止められない。
布地に鼻をつけたままスーッと深呼吸する。
(抱きしめられたい――それだけじゃなくて、いっそのこと……)
中をあいつので擦ってもらって、奥に注ぎ込んで欲しい。いやってほど抱きしめて、キスして欲しい――。
「ん……」
想像するだけで後孔はひくついて、ペニスは触ってもいないのに先走りで濡れてくる。ベッドにうつ伏せになり、顔をシャツに埋めたまま腰をゆるゆると動かした。性器がベッドに擦れて、じんじんするくらい気持ちいい。
「あぅ……っ。ん……ふぁ……あっあ……」
橘のフェロモンで脳みそが溶けそうだ。莉央は誰にも見られていないことをいいことに、はしたなく腰を振る。
(きもちい……。イク、イクイク……っ)
ペニスがドクドクして射精寸前というときにコンコンとノックの音がした。莉央はびくっと体を硬直させる。
「……ん……っ」
(なんだよ……?)
どうにか寸前で射精するのを我慢してブランケットにくるまる。
「誰?」
「寝てるところごめんねリオくん、滝川だ。実は乃木教授がまだ戻ってこなくて」
(なんだと? 乃木のやつが戻らないって……くそ、またこのパターンかよ!)
この島に来てから七日目。もう既に二人のアルファが死んだ。一度はあの大隈警部までが失踪しかけて、今度は乃木教授がいなくなったとは――。
(たしか朝から警部と一緒に神社を見に行ってたんだよな? 警部がついてたのになんで……)
「さっき橘くんと二人で神社に呼びに行ったら、いなくてね。崖の上から見てみたら、海岸に人が倒れてるようだったから今皆で救助に向かってる。俺はここで見張り番をしてるから、何かあったら呼んでくれ」
(海岸に倒れてるって、それもう……)
乃木の困ったように笑う顔が脳裏をよぎる。あの男は莉央のストーカーではあったが、危害を加えようとしたことはなかった。岩崎の入れ知恵で金を騙し取られたことに気付いてもなお、莉央を訴えたりはしなかった。
さっきまで性フェロモンで浮ついていた気分は吹き飛んで、逆にショックで急激に気分が悪くなってくる。さっき無理に食べたおにぎりが胃からせりあがってきた。
「うう……ぉえっ」
「リオくん、大丈夫か!?」
莉央のえずく音を聞きつけて、滝川がドアを開けた。
「ごめんね入るよ。おい、吐いたのか!?」
滝川社長は莉央の背中を撫でて、そこら辺に散らばっていた橘のTシャツで莉央の口を拭いた。
(あ、それ大事なやつなのに……!)
莉央は橘のフェロモンのついた衣類を汚してしまったショックで混乱状態に陥った。それまでもヒートを薬で抑え込んでいた上、さっき射精しかけたのも我慢した。そこへ更に乃木の失踪を聞かされて頭が感情についていけなくなっていたのだ。
「だめだ、やめろ……っ。触るな」
「り、リオくん? ごめん。変なことするつもりじゃないんだ。ただ、君の服も汚れてるから着替えないと……」
「そんなことしなくていい!」
莉央は滝川の腕を振り払った。しかし、具合が悪くてそのままベッドの上につっぷしてしまう。
「うぅ……」
「リオくん薬、薬あるから」
「くすり……?」
滝川がポケットから見たことのない錠剤を出した。ある程度の種類の薬は把握しているつもりだが、莉央の知らない海外の製薬会社のものらしい。
「パッケージに"Estrus suppressant"って書いてあるから抑制剤だよね? 俺の部屋に隠してあるの見つけたんだ」
(そういうことか……この屋敷に隠されてる薬は本当はこれなんだ。橘が見つけたって言ったのはやっぱり嘘……)
「くれ……」
滝川の手で錠剤を口に入れてもらう。頭がぐるぐるして、目が回る。早く効いてくれないと滝川社長に抱いてだのなんだの言いかねない。滝川社長の方も、莉央のフェロモンが充満した室内に入って発情を我慢するのに必死なようで額に汗が浮かんでいた。
「少し安心フェロモン出すからね」
「うん……」
滝川がリリーフフェロモンを注いでくる。橘ほどいい匂いじゃないが、岩崎のに比べればずっといい。たぶんベルガモット――万人受けする爽やかな柑橘系の香りだ。
(懐かしい……絶対これ、嗅いだことあるんだよ。なんだっけな……)
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