【Day7】発情抑制剤

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「大丈夫かな。俺の匂い、気持ち悪くない?」 「ん……。結構効くかも、あんたのリリーフフェロモン」  この男はやっぱり優しい。岩崎や乃木のように身勝手なアルファとはなんとなく違うと最初から感じてはいた。なぜかゲームの続行には強いこだわりがあるようだが、莉央のように金が必要な理由があるのかもしれない。  莉央は入院中の母親のことを思い浮かべた。 (母さん、最近見舞いにも行けてなかったけどどうしてるかな……。また一緒に暮らしたい。普通にご飯食べたり、買い物したり――高校入試に合格したとき一度だけ母さんとデパートにも行ったな。もう一度でいいからああやって過ごしたいな……) 「あ……そうだ、思い出した!」 「リオくん? どうしたんだ?」 「あんた、あの香水のCMに出てただろ!」  莉央が朦朧とした状態ながらもそう言って滝川の顔を覗き込むと、彼が目を見開いた。 「え……香水? 若い頃に出たことがあったけど」 「やっぱり。それでだ。なんか懐かしい匂いだと思ったんだよ社長の匂い」 「知ってるの? 君はまだ子どもだったんじゃ――――」  昔母親に連れられていつもなら入らないデパートに行き、化粧品売り場を通った時いい香りがした。その香水の広告が店内にも、ビルのホログラムにも大きく出ていたから記憶に残っている。その広告モデルを見て綺麗な顔のアルファだと思った――それが滝川社長だ。 「あ~……中学生くらいかな。ぼんやり覚えてるよ」 「はは、あれなんて俺が十代の頃だよ。なんだか恥ずかしいな。メーカーの希望でフェロモンがベルガモット系のアルファモデルが選ばれたんだ。俺の匂いなんて結構どこにでもある香りなのに、覚えててくれたなんて嬉しいな」  それまでアルファの男性と香りを結びつけて意識したことがなかった莉央にとって、実を言うと初恋に近い感覚だったのだ。なにせ、あのモデルの夢を見たせいで最初のヒートが来たんだから。 (ってことはぜってー誰にも言えねえな……)  今まで島に集まったアルファの中で、滝川社長は知らないと思っていたがいまさら思い出してしまった。白羽功一郎はとことん、莉央の過去に関係したアルファを呼び寄せたらしい。 「まさかこんなところで、あのモデルと会うなんてな――」  リリーフフェロモンとしてもこの香りは優秀――そう思いながらうとうとしていた。  どれくらい経ったのか、ふと目を開けると部屋の中は暗くなっていた。そしてなぜか急に心臓がバクバクしはじめる。 「っ……なんだ……?」 「リオくん、どうかした?」 「なんか、くるし……」  動機が激しくなり、血液がすごい速さで巡っている感覚。そして、頭に血が昇って目の前がチカチカしてきた。様子のおかしい莉央を落ち着けようとして滝川がフェロモンの量を増やした。その香りが鼻孔を突き抜けたとき、莉央の理性が弾けた。 「ウーッ」と言葉にならない唸り声を発して莉央は滝川社長に飛びかかった。 「うぁあっ!?」  目の前が真っ赤になり、アルファのフェロモンを発する対象に猛烈に攻撃したい衝動に駆られた。莉央は我を忘れて滝川を押し倒し、唇に噛み付いた。 「い、痛いよ莉央くん!?」  滝川はびっくりして莉央から逃れようとベッドから降りた。しかし莉央はそれを許さなかった。 「ウウっ!!」 「わ! や、やめてくれ。離せ!」  ベッドを降りてドアの方へ逃げようとした滝川にしがみついて、床へ押し倒す。そのままの勢いで鎖骨に喰らいついた。 「ぐぅっ……。やめろ! 誰か!!」  そのまま揉み合いになっていると、バン! と半開きだったドアが開いて「どうしたんだ!?」と誰かが入ってきた。しかし莉央は夢中でアルファのフェロモン漂う雄の鎖骨から血をすすっていた。 「橘くん、助けてくれ!」 「おい莉央、よせ! しっかりしろ。落ち着け!」 「リオくん痛いよ! やめてくれ、くぅっ……」  入ってきた男にぐいぐい体を引っ張られるが、莉央は滝川を離す気はなかった。こめかみがドクドクいっていて、体に力がみなぎっている。たとえ相手がアルファであろうと、負ける気がしなかった。  男たちが二人でごちゃごちゃと話しているがそんなのはどうでもいい。アルファのフェロモンの匂いがする血が欲しくてたまらなかった。 「ウーッ!」  そのうちに後から来た男が莉央の口に手を突っ込んで滝川を引き剥がそうとしてきた。それに抗おうとしたが、鼻で息を吸い込んだ途端に、滝川よりもずっといい香りがしてその男の手に噛み付いた。血が滲んできた瞬間、ブワっとフェロモンの香りが鼻孔と口内に広がる。 「……!」 (たまらない……もっと……!)  それと同時にリリーフフェロモンを頭からじゃぶじゃぶ浴びせられた。 (ああ、やばいこれ……気持ちいい……眠い……だけど、飲まなきゃ……血……)  もぐもぐと口を動かしながらも莉央は強烈な眠気と戦っていた。 「大丈夫、落ち着いて……」 (俺は十分落ち着いてる。この匂いがあれば……いつだっていい気分でいられる……)  そこで莉央の意識は途絶えた。
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