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【Day8】秘密の通路
乃木までが命を落とし、これで最初七人いたアルファは全部で四人だけになってしまった。
二十三時から警部と岩崎医師が管理人室で見張りをしている。莉央はドア一枚隔てた部屋のベッド上で眠れずに考え事をしていた。
(くそ……あいつと一緒に行くって言っちまったけど、そういや橘が薬を盗んだ件については解決してないんだった……)
さっき橘は何食わぬ顔で岩崎から薬をくすねたと言った。
(ってことは、俺から薬を盗んだとしても不思議はないよな)
「ああ、なんでだよ。わけわかんねえ」
莉央は頭を抱えてベッドの上でゴロゴロと転がった。その莉央の周りには、橘が新しく用意した洋服が数枚置いてあった。さきほど汚してしまった分は片付けられ、彼は催促しなくても代わりを持ってきてくれたのだ。
(なんだよ、どういうつもりなんだよ――俺を惑わせようとしやがって)
内心もやもやしながらも、この洋服に囲まれて匂いを嗅いでいたらどうでもよくなってくる。莉央は両手で掴んだ橘の服の匂いを思い切り吸った。
さっき滝川社長に飲まされた謎の薬のせいで、手持ちの抑制剤を余分に飲むはめになった。おかげで薬は明日飲む用の二錠分しか残っていない。新たに抑制剤を見つけなければ、以降は薬なしで過ごすことになる。
しかも滝川社長が見つけた薬がアレだとすると、他の薬もどんな成分が入っているかわからなかった。
(あー……。もう詰みだろこれ)
このまま明日以降、迎えが来るまでヒート中なのに薬もなくアルファと同じ屋根の下で過ごすのか。あるいは、残った四人の内のいずれかとつがいになり、他のアルファにフェロモンが効かなくなるようにするか――。
(――誰と? 岩崎は論外だ。大隈は奥さんがいるからと断られた。昔憧れてた滝川社長か……? それとも運命の相手だけど嘘つきな橘……?)
橘の服を頭から被り、フェロモンを吸いながら悶々としていると肩を叩かれた。
「っ……!?」
莉央はハッとして振り返る。
「俺だよ」
いつのまに入室したのか、ろうそくの灯りだけの部屋に橘が立っている。莉央はパッと服から手を離し、思い切り顔をしかめた。小声で不法侵入者をなじる。
「おい、勝手に入ってくるとかどうなんだよ!?」
「ごめんごめん。一応軽くノックはしたんだけど、返事がなかったから」
(え? そうなの?)
「考え事してたから――」
「ふ、俺の服にくるまれて。可愛いとこあるじゃん」
「……やめろクソが」
「お、怒った? でも喧嘩してる時間はない。行こう」
莉央は黙って頷いてベッドから降りた。
寝室のドアを出ると、微笑みを浮かべる滝川社長と目が合った。
「……!? え、なんで……眠らせたんじゃ――」
「ちょっと事情が変わったんだ。あとで話すから行こう」
「幸運を祈るよ、若者たち」
社長が軽く手を振って莉央たちを見送った。
◇
「もし岩崎先生なら睡眠薬で眠らせてたんだけど」
橘は外に出ると話し始めた。
「社長と話して、彼は事情があってこのゲームに参加してるのがわかってね」
「ふーん? 大体皆そうだろ。目的は金か俺への復讐か知らねえけど――」
「とにかく、莉央のことを狙ってるわけじゃないとわかったから」
(――まあ、そんな気はしたんだよな)
滝川社長は俺にアプローチを掛ける宣言をしながら、結局手伝い以外のことはほぼしてこなかった。本気でアルファが――しかもあのような業界人が一般のオメガを口説こうと思えば方法なんていくらでもあっただろう。さっきだって、抑制剤を渡さず発情するに任せて襲うこともできた。
だけど彼はそうしなかった。
「社長には大事な人がいるみたいだ」
「なーるほどねぇ」
(なんだ、社長もクマみたいなパターンで奥さんが家で待ってるってことか)
結局なんだかんだ皆帰るべき場所があるみたいだ。どこかで、彼らのことを必要として待っていてくれる人がいる。
(この島に来て複数のアルファに狙われてるはずなのに、結局誰にも必要とされていないのは――俺だけなんじゃないか……)
「莉央どうかした?」
「なんでもない。それで、社長になんて言って抜け出してきたんだよ」
「うん。それでね、俺は莉央が好きだから、この後二人きりで外へ出て莉央に告白したいって言った」
「はぁ?」
「そしたら、快く俺たちが出かけることを承諾してくれたよ」
「告白?」
(なんだこいつ、頭沸いてるのか?)
「おいおい、そんなに睨まないでくれよ」
「だって、お前どうかしてるんじゃねーのか。あいつら、実際俺のことをなんと思ってようとゲーム上オメガを奪い合ってるんだろ? 嘘ならもっとマシな嘘つけよ」
(それでなくても俺にマーキングしたことでこいつは他の奴らに抜け駆けしたと思われてるっつーのに)
莉央が眉をひそめて文句をいうと、橘は真顔でしれっと答えた。
「嘘じゃない。俺は莉央を他のやつに冗談でも渡したくないし、これ以上触られたくないから」
「はぁ?」
「俺が暗証番号を手に入れようとしてるのは、莉央を他のアルファとつがわせないためだ。それは別にお前に対する親切心なんかじゃない。お前を本気でこの手に入れようと思ってるだけだ」
「……あの、何? お前、ここで過ごすうちに俺のこと本気で好きになっちゃったわけ?」
てっきりそうなのかと思ったら、橘は首を横に振る。
「ちがう、そうじゃない。俺は最初からお前のためにここへ来た」
「え……?」
話しながら歩いているうちに、いつの間にか西側の崖下に着いていた。
「見ろ、あれが入り口だ」
急に指をさされて意識がそれる。引き潮で海水面が下がって、崖下の部分が以前見た時よりも露出している。そこにぽっかりと穴があいていた。
「うわ、本当にあるじゃん……!」
「さあ、水位が変わる前に行こう」
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