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 連続爆破事件から一週間ほど経っただろうか。  この日は朝から署内の捜査官がブリーフィングルームに集まっていた。  当然ここの署も、通常の警察組織と同じく様々な部署がある。事務仕事をする人間や人間だけの捜査課、交番勤務の制服警官もいる。  その中で俺たち特別機動班はA班からD班にわけられ、それぞれ3組のバディが一班として活動を共にする。  人数的に少ないと思われがちだが、俺たち人外が多く集まれば集まるほど何故か諍いが起こるのだ。それは同じく志を共にしているはずの機動班も例外ではない。  俺と灯はD班で、大事件の主な解決ではなく外回りや小さな犯罪を任されることが多い、所謂雑用係だ。これには灯が新任であることに加え、俺が問題ばかり起こすという理由がある。  俺たち以外のD班のメンバーは、人間側は男2人。どちらも機動班に配属されてまだ数年の若手。そのバディの1人は淫魔の男で、もう1人は人狼の男。ちなみに機動班自体、全体的に人狼が多い。単純に体力に自信がある奴が多いからだ。  機動班がブリーフィングルームの一番後ろの席に座ると、すでに集まっていた人間たちがチラリとこちらを振り返った。その中には明らかな差別意識を持つ視線もあったが、俺たちは特に気にすることもなかった。いつものことだし、所詮は別の種族である。あんまり関わりのないご近所さん、という程度の認識だ。  くたびれたスーツ姿の男ばかりのむさ苦しさに息苦しさを覚え始めた頃、今回の事件の責任者である40歳そこそこの男が前に立ち、やっとブリーフィングが始まった。  室内の明かりが消され、前方にプロジェクターで事件の詳細が映し出される。ほの明るい室内で、いつも通り俺は眠気に負けそうに…いや、ほとんど負けてグラグラと頭を揺らしていた。 「おいルナ、寝るな」  隣の灯が小さく叱責する声が聞こえる。でもそれも、どこか夢うつつで、聞こえないふりをした。 「チッ…どうしてお前はいつも眠そうなんだ…?」  そんな呟きが聞こえ、続いて脇腹を思い切り突かれた。ハッと顔を上げて灯を見ると、心底呆れたという顔だった。 「お前もしっかり聞いていろ。この前のようなミスをされるとおれが困るんだ」 「ふわぁ…眠い」  盛大に欠伸をすると、灯がまた小さく舌打ちをこぼした。  まあしかし、俺も80年ほどこの仕事をしているので、眠い頭なりにブリーフィングの内容は聞いている。  概要としては、長らく追っていた麻薬密売組織が、今日の夜にサンシャインという大きなクラブで大規模な麻薬の取引を行う、と言う信用できる筋からのタレコミがあったわけだ。  その取引現場を押さえて一斉検挙する、というのが目的だ。そのためクラブ周辺を広く規制する必要があり、署を挙げての大掛かりな作戦となる。  たまにこういう大掛かりな作戦はある。でもどうせ、俺たちD班は蚊帳の外だ。聞いていたところでこちらにお鉢が回ってくることなんてない。  それでも灯は熱心にブリーフィングの内容を聞いていた。真面目なところは嫌いじゃない。だから少し申し訳なくなる。  80年もやっていると、どこか惰性的で辞め時を見失ったという感じがする。沢山のバディと組んできた。その中でも灯はなかなか真面目で仕事熱心だ。俺なんかと組まされて可哀想に。  なんて考えていると、いつの間にかブリーフィングは終わっていた。  ガタガタとパイプ椅子を引いて捜査官たちが立ち上がり、各々の役割を確認し合いなが部屋を出て行く。 「A班、B班は前衛の捜査官と合流し、活動を共にすること。C班、D班は後方待機。臨機応変に対応してくれ」  と、機動班統括の牧田課長が言う。彼は50代前半のベテラン捜査官で、機動班統括になって10年ほど経っているだろうか。  とにかく厳つくて陰険な顔をしたおっさんだ。  俺たちはそっけなく返事を返し、他の面々と同じくブリーフィングルームを後にした。 「灯、何か食べようよ。もうすぐお昼だ」 「お前は食べるか寝るかだな……まあまだ作戦まで時間がある。何が食いたい?」  あれ、と俺は思った。てっきり勝手にしろと言うと思った。しかしどうやら灯も一緒に行くつもりらしい。そんなこと、組んで7ヶ月で初めてだった。 「近くに安くて美味い中華屋があるんだけど」 「中華か……悪くないな」  相変わらずの無表情だけど、なんだか少しいつもと違うような気がした。  俺たちは署を出てしばらく歩き、おすすめの中華屋に入った。  床が油でギトギトで、ツンと香辛料の香りが立ち込め、厨房からは中国語の怒鳴り声が聞こえる、でもそこそこの客がいる、そんな店だ。  向かい合って席に着くと、すぐさま年配の女性店員が注文を取りに来た。カタコトの日本語で、「ナニスル?」とそっけなく言う。  俺は麻婆豆腐とエビチリとチャーハンにラーメンを頼み、仏頂面の灯は天津飯とスープのセットを頼んだ。 「吸血鬼はみんな大食いなのか?」 「いや?そんなことはないと思うけど」  と話している間にも俺の腹の虫が盛大に音を立てる。灯が怪訝な顔をするので、 「俺は特別燃費が悪いんだよ」  とりあえずそう言っておいた。  しばらく待つと料理が届き、お互いに黙々と食べる。ただ、俺は沈黙が苦手だ。 「その天津飯美味いよね。餡がとろとろで卵もふんわりしててさ」  灯は相槌すらしないけど、俺はまた口を開く。 「カニカマって好きなんだよね。安いし美味いしなんか見た目も可愛い」 「うるさいな。お前は食事中くらい黙れないのか」  一喝。俺はしょんぼりと口を閉じ、残りの料理に集中することにした。  食事を終えて署に戻ると、灯は雑務を、基本的にすることがない俺は他の人外とおしゃべりをしてすごした。俺たちはC班と共同で事務室兼待機室を使用しているので、暇な人外とカードゲームをしたり、なかなかに楽しく過ごしている。  そしていよいよ作戦の時間が近付き、灯たち人間は銃やその他持ち物を装備。俺たち人外は武器の携行が許されていないので、それぞれ支給された黒いスーツのままバディを待つ。 「ジャケットくらい着ていけ、ダラシない」  と灯は言うが、動きにくいので俺はいつもワイシャツのまま出掛ける。支給品とは言え汚したくない、という理由もある。  まあとりあえず、俺たちは作戦決行のために署を出て、現場へと向かったわけだ。
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