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「はい、お待ち!!」
元気の良い店主の声。同時に目の前にゴトリと大きな丼が置かれる。
醤油ベースの鶏ガラに、魚介の出汁がさりげなく香る。
程よく油の浮いた黄金色のスープと、厚切りの自家製チャーシュー、ネギ、めんま、可愛くナルトがトッピングされた古き良き屋台の醤油ラーメン。
寂れた路地裏にひっそりと、それこそカウンター席しかない古びた店だけど、これがものすごく美味いのだ。
先代の店主から二代目の息子へと引き継がれた秘伝のスープは、毎日でも通いたい、俺のお気に入りのラーメン屋のひとつである。
ラーメンは熱いうちに食べるのがマナーだ。じゃないと麺が伸びてしまう。でもその前に、俺は必ずスープを一口啜る。
はぁ、と思わずため息が溢れる。寒くなってきた秋口の今、熱いスープが身に染みる。
それではいただきます、と割り箸を手にした、その時だった。
ゴチッと鈍い音が脳天に突き抜けた。ジワジワと痛みが襲ってきて、たまらず頭を抱えて唸る。
「いってぇ…なんだ?」
なんだ?と反射的に口にしたが、それはもう馴染みの鈍痛で、理由はもちろん、容赦のないゲンコツを落とされたわけで。
「なんだ?、じゃない!!お前はなんでラーメンなんて食べようとしてるんだ!?」
ラーメンなんて、とは聞き捨てならない。
「美味いからに決まってるだろ!!」
「そうじゃない!お前は今張り込み中だろうが!!」
わざわざ俺の、ちょっと人より尖った耳を引っ張って、大声を張り上げてくる。そんなことしなくたって俺は人より聴力は優れてる。
「うるさいよ!聞こえてるって!」
「だったらさっさと仕事に戻れ!!」
グイッとワイシャツの後ろを引かれ、なすすべもなくラーメン屋から引き摺り出された。濃厚醤油スープが遠ざかる。
ああ、俺のラーメン。ぐう、と悲しげに腹が鳴った。
その時だ。数ブロック先から激しい爆発音が轟いた。俺の腹の音と良い勝負のその音を追うように、もくもくと黒煙が立ち昇る。
キャー、と甲高い悲鳴に続き、怒声や喚き声が立て続けに響いてきた。
俺を引き摺りながら走る男が苦々しげに舌打ちをこぼす。
「ルナ、さっさと行って片付けろ」
威圧的な命令口調はさておき。
ちょっとサボってラーメン食べようとしたのは認めるけれど、俺だって自分の仕事はちゃんとわかってる。
俺はこの街を犯罪から守る正義の味方なのだ。
ワイシャツを掴む男の手を払い、俺は走り出す。人なんて到底追い付けないスピードで、深夜の路地を走り抜け、黒煙の元へ向かう。
それはどうやら大通りに面したクラブからだった。
人々が我先にと店内から逃げ出してくる。クラブ内の火元はわからないが、出入り口からもくもくと煙が出ているのが、通りを照らす眩しいくらいのネオンに照らされている。
最近流行りの無差別爆弾魔。人気の多い場所に小型の爆発物を設置して爆破。それを遠目に鑑賞するという、なんとも奇異な性癖をお持ちらしい犯人。
逃げ惑う人々を見てちょっと滑稽で笑えるな、と分からなくはないが……
犯人像はこの2ヶ月程の捜査で大体割り出せている。あとはめぼしい現場でそれらしい怪しい奴を捕まえて終わりだ。そのための今日の張り込みである。
俺はネオン輝く飲み屋の看板へひょいと飛び乗り、集まり出した野次馬を見下ろした。
沢山の顔顔顔。飲屋街だけあり派手な格好の男女が多い。黒煙と化粧品と香水の混ざった匂いに鼻が曲がりそうになりながら、怪しい行動をとる人物を探す。
いた。黒いパーカーにズボン、フードを目深に被り直しながら、くるりと現場を背に野次馬の群れから離れようとしている奴がいる。
そいつが野次馬から出たところ、俺は看板から飛び降りてそいつの背後に華麗に着地。瞬時に体当たりを食らわせて、地面に押し倒した。
後ろでに腕を捻り上げて動きを封じる。下敷きにしたそいつが、「痛い!」「離せよ!」「なんなんだよ!?」と仕切りに喚いている。声からして男だ。
そこにさっき俺をラーメン屋から引き摺り出した男、灯が駆けつけた。はあはあと肩で息をしている。
「灯、捕まえたぞ!手錠!早く!」
俺が急かすと灯は大きなため息を吐き出した。そして、ゴチッ、とまたもゲンコツが落ちてきた。
「痛い!なんで!?」
その瞬間、灯のインカムから『被疑者確保』という声が聞こえてきた。
灯の呆れたような、怒りに満ちたような複雑な表情が全てを物語っていた。
つまり俺は、誤認逮捕したっていうことだな。
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