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「小山さんのスマホ、見事に仕事の記録ばっかりね」
事務の斎藤さんが書類に情報を転記しながら言った。
「そうすね〜。他に撮るものも特にないですから」
軽く濁していると、普段からはっきりものを言う彼女らしく「再婚しないの?」と核心を突いてきた。
「小山さん仕事できるしハンサムだし。まだ40でしょ」
「いやいや、しがないおじさんですよ」
「小山くん、ちょっといいかな」
同僚で僕より年上の笹さんに呼ばれた。これ幸いと机のスマホを取って、すぐにその場を後にした。心の奥の柔らかい部分に、土足で入り込まれたくない。
「よいしょ」
ロマンスグレーの笹さんが、自販機の取り出し口に手を伸ばす。小太りの体で屈んだ。取り出したコーヒーを僕に差し出す。
「小山くん、これ好きだよね」
もう10年来の仕事仲間。独身の頃の僕も、結婚後の僕も、現在の僕になってからも知っている。そんな笹さんの言葉に、鼻の奥がツンと痛くなる。頷くことしかできない僕の肩を、分厚い笹さんの手が叩いた。
笹さんがお気に入りの125ccバイクに跨って帰っていく。その後ろ姿が見えなくなって、空を仰いだ。昔はよく、紫に沈んでいく夕暮れ空を撮っていたなあ。手の中のコーヒーの温かさが沁みた。
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