2 人間サイド

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2 人間サイド

一方、人魚を海から攫い水槽に閉じ込めた男の心境はかなり複雑なものだった。 海洋国家『ウンディーネ』。 その国の自警団に人魚を捕らえた、正確には保護をした男は勤めていた。 "南の海岸に見慣れない毛色をした若い男の人魚がいる" "とても痩せていて心配だ” 最近になって住民たちからそんな情報と相談が寄せられていた。 「雄ってことは縄張り争いに負けたハグれ人魚っすかねぇ?」 「いや。妙に人馴れしてるけど言葉の通じない異国の人魚らしいぞ。もしかすると例の被害者かもしれないな」 「あぁ、こないだの嵐で難破した人魚狩りの違法船ね」 全員が海に浮かんだ廃材にしがみつき生き残るなんて悪運が強い。そんな風に部下達は揃ってぼやいているが当然だ。 海神の加護を受けたウンディーネでは人魚狩りを禁止しており、また人魚達を傷つける行為は重罪だ。見つかった賊共は問答無用で捕縛対象となった。 しかし残念なことに運搬されていたはずの人魚はすでに逃げ出し保護ができなかった。 「近年じゃ観賞用のより異国の人魚の方がマニアに人気らしくって、奴らずいぶんと遠くの海までいってたらしいですね」 「うわぁ突然知らない海に連れてこられるなんて、かわいそうに…」 「よっし、準備完了っす!」 依頼人の情報も人魚を捕まえた地図もすべて海に消えた。 だからといって許されるわけがない。人魚狩り以外の余罪も暴いてやると尋問員達もやる気満々だった。 ――――そして、この男も。 「よし、直ちに保護に向かうぞ」 傷つけたくはないが念のための麻酔銃を持ち、男は一人の部下を連れ海岸へと向かった。 これが運命の出会いになるとも知らずに――… ・ ・ ・ 「………なるほど。確かに、ここらの人魚達とは違うな」 尾鰭も髪も目も同じ色で統一された人魚など見たことがなかった。 幼く見えるのは異国の顔立ち故なのか、それとも本当に幼いのか判断がつかない。 「うはは。なんか、気持ちよさそうっすね~」 「あぁ」 異国の人魚はのんびりと海岸沿いで日向ぼっこを楽しんでいる。あまりの警戒心のなさと無防備な姿に部下は失笑したが、気持ちはわかる。 太陽に照らされキラキラと宝石のように輝く青い鱗。 浜辺に寝そべる姿は実に伸び伸びとした、とても愛らしく見えた。 「ん?なんすかね、アレ?」 ふと人魚に近寄って行ったのは人間の、無邪気そうな子供が二人。 相当交流を深めているのか近寄ってきた子供達に笑顔で近づいた人魚はなにかを受け取り、そして礼するように何かを渡した。 「ねぇ、君たち~ちょっといいかな?人魚さんとなにしてたの?」 いまは仕事中で当然警備服を着ている。 怖がらせないよう、まず愛嬌のある部下が笑顔で子供達を呼び止めた。 「えへへ、お菓子屋さんごっこしてるの」 「お菓子屋さんごっこ?あの人魚さん遊んでくれるの?」 「うん!言葉は分かんないけどすっごく人懐こいの」 聞けば、人魚にお菓子をやると綺麗な石の入った貝殻をくれるのだと見せてくれた。 「これは…」 へらへら笑っていた部下もいまだけは大真面目な顔をしている。 子供たちと人魚。どちらにも悪げがないことは分かるが、子供達をやんわりと諭し野生の人魚には近づかないよう注意した。 「……」 「たぶん黒真珠貝っすよね?やけにデカいっつーか特大サイズすぎてビビってますが…」 念のため本物かどうか確認すべく貝を開ければ、ころっと立派な黒曜石のような真珠が出てきた。 自然の美しさを秘めた海の至宝。 それも養殖ものではなく天然の黒真珠だ、これ一つで相当な価値があることくらい男達は知っていた。 「……たまたまだと思います?」 「さぁ分からんが、参ったな」 黒真珠はウンディーネで最も大切に扱われている宝石だ。 それをあの人魚は人間の食べ物の味を覚えてしまい、黒真珠をとってくれば好物=お菓子を貰えると学習してしまった。 一体どこでそんな芸を覚えてしまったのか…。もしかすると最初っから何者に宝石貝(黒真珠)を採って来るよう教育され、その事を知られて賊に捕らえられてしまったのか? 異国の人魚故に謎が多いが、この光景を見てしまった以上は見逃せない。 「あの子には申し訳ないけど、ちょっと強引にでも保護させてもらうしかないっすね。さすがに真珠貝の乱獲は不味いっすもん」 「そうだな。どの道、放置はしておけん」 「あの…さっきから怒ってます?」 「当たり前だ。こっちは人魚狩り共の後始末を任されてるんだぞ」 気が乗らないのは仕方ない。なるだけ友好的に行きたかったがウンディーネを守る自警団として、あの彼を保護しなければならない理由が出来てしまった。 ガチャンと麻酔を撃つ機械を組み立てる。 「針のサイズはどれにします?」 「彼の大きさなら一番細いヤツでいい。いざとなれば俺が羽交締めにする」 「わっ、たのもしぃ~」 人魚はエルフに次いで人間達と関わってこなかった亜人だ。彼らもヒトと同じように独自の文化と語学を持ち、その生態については謎が多い。 ――――さらに海洋国家ウンディーネだ。尊重し合うべき隣人と男は昔から教育を受けてきた。 例え異国の人魚であっても、自由と大海原を泳ぐ方が幸せだろう。 (まだ君の言葉も故郷も分かっていないのに…、手荒な手段になってしまって申し訳ない) 「……よし、はじめるとするか」 作戦は簡単だ。投網で拘束して麻酔針を撃つ。 人数的に有利とはいえ、海に潜られてしまえば人間が負けてしまう。 その勝負は一発で決まったーーー… まだ意識が落ちていない人魚は不安そうに目を動かし、男の腕の中で怯えきっていた。 「…あー…、ぅ、…すぃ…」 「可哀想に、近くで見るとボロボロっすね…」 「すぐ医療機関に運ぶ。安心しろ」 「それ、俺じゃなくて人魚くん見て言った方がいいんじゃないですか?」 麻酔だけのせいではない。思ってたより傷だらけで弱っている。 あんな浅瀬にいたからか鱗もところどころ剥がれ、上半身も擦り傷だらけだった。 「怖かったな、すまない」 「――!」 「大丈夫だ、酷いことなんかしない。お前を助けに来た」 「ー、・・ん、――…」 なるべく穏やかな口調で語りかければ安心したように人魚は眠りに落ちたが、ぐったりと力のない姿が哀れでたまらなかった。 「怪我が治るまで俺の屋敷で預かろう。先先代がかなりの人魚愛好家で、古いが設備だけは揃っている」 その後、治療を終えた後を彼をどうするかと話になった途端、真っ先に男は口を開いた。
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