人類労働禁止警告

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ある日神様のお告げがあった 「全人類よ聞こえているかい? この声は地球に住む全ての人間に届けている どうか落ち着いて聞いて欲しい 残念ながら君達はこの星を荒らし過ぎた 私も早く止めればよかったが、あまりにも目覚ましい発展が面白くてな ついついここまで放置してしまった これ以上は流石にダメだ!人類よ!働くな!」 突拍子のないこのお告げ 最初は誰も信じなかった しかしSNSやTVを通じて地球上の全人類が一言一句同じ言葉を聞いたと判明し、徐々に信憑性が高まってくる 「そうだそうだ!神様の言う通り働くのを止めようぜ!」 「でも私達が働くのを止めたらどうするの?病院も閉鎖、農家も食料を作らない、それで本当にいいんですか?」 地球全土が様々な議論や憶測で盛り上がるなか、神様からさらなるお告げが発令された 「全人類よ聞こえているかい? 私の言葉に賛同してくれるなら、何も食べなくていいし病気にもならない そしてなによりも穏やかな死を約束しよう さぁ働くのを止めるのだ」 これにより賛同者がうなぎのぼり 働くのを止める若者が怒涛の勢いで大増加 むしろ働いているほうがカッコ悪い!なんて考えが世界中を飲み込んだ しかし一部の大人達は断固反対 高層ビルの一室に集まり緊急会議だ 「さてお集まりの諸君 この状況をどう思う?」 「我が社はもはや倒産目前だ 各地で働く従業員が一斉に退職し業務が成り立たない」 「戦争も自然と終結してしまった これでは武器も売れず大赤字だわ」 「ではどうする!このままでは我等の栄華も潰れてしまうぞ 各国の政府へ根回しした苦労も水の泡だ」 「ならば殺せばいいだろう いままでと同じく邪魔者は消すだけだ」 「確かにそうだな 神様だろうが邪魔するのならば殺してしまおう」 「ならば一体どうやって殺すか決めようではないか」 ヒソヒソと怪しい密談は物騒な結論に落ち着いた いままで培ったコネや金を総動員し暗殺計画を粛々と進める だがそんな計画はお見通し 偉大なる神様から3度目のお告げが届く 「悲しい事に私への叛逆を企む者がいます 非常に悩ましいですが決めました 潰します」 いままでの慈愛に満ちた優しい口調とはまるで別人 冷たく突き放すような悲しい口調のお告げが届いた瞬間に某国某都市某高層ビルが急な落雷により跡形もなく倒壊 軍や政府関係者が巻き込まれて多数死亡したが、付近にいた神様の賛同者は誰も傷1つなく無事だった これによりますます神様の賛同者は増えに増え、余計な事をして神様を怒らせるな!唯々諾々と従えばいいんだよ!と過激な思想の者すら出てくる始末 世界はすっかり神様の賛同者でいっぱいになり、誰も働かない穏やかな平和が訪れた 「だからこそ退屈だ 人間はまるで家畜のようで殺しても犯してもつまらない」 「ホントにその通り このドンペリもロマネコンティもそこらから盗んできたが何も起こらずつまらない」 「そう言うなよいいじゃねぇかこんな感じで ある程度楽しく暮らして食料が尽きたら俺達も家畜の仲間入りしてよぉ」 刑務所の中庭で賑やかな宴会が行われていた 刑務官も退職し電気も止まって釈放されて、囚人達も故郷に戻ったり街に繰り出したり各々気ままに過ごしたが不思議と刑務所に帰ってきた 高級ホテルもスタッフがいるから快適なだけ、素人が住んでも洗濯や料理をどうすればいいのか全くわからずむしろ不便 それなら勝手知ったる刑務所の方が何倍も住みやすく、なんだかんだと帰ってきたのだ 「というかお前ら感謝しろよ?俺が鍵を開けたから、こうして自由を満喫できているんだぜ?」 「馬鹿野郎 悪徳刑務官がなにをいう 俺達からの賄賂をたんまり受け取って、なんならバレる寸前だったんだろ?」 「それはそう 本当に神様のおかげだよ」 「しかしまともな人間はここだけか 外の人間は家畜以下、むしろ蠟人形のようで気味が悪い 犯しても暴れず殺しても鳴かず解体しがいがありゃしない」 「ならここにいる人間を殺せばいいじゃねぇか 簡単に殺される気はねぇけどな?」 「いや、それも試した ただ負け始めた瞬間に神様の賛同者になりやがってな ようやく残忍な欲を満たせると思ったら寸止めされてむしろイライラが止まりゃしねぇ」 「あっ!B3にあった死体てめぇのせいか!? 腐る前に川へ捨てて来いよ 後始末はちゃんとしてくれ」 「おーいアンタら!北海道物産展襲ってきたが何か食うか!?蟹の駅弁や海鮮丼、ケーキもあるぞ!」 「たまには甘いのもいいねぇ このからし蓮根と交換しないか?」 囚人達はこの状況を存分に楽しんでいた もともと無職で不遜な性根の人間なので、神様の言葉なぞ全く響かず しかも刑務所で縛られた生活を送っていたのでいまのほうが自由で楽しい 犯罪を起こしてもつまらないことにだけ目をつむれば、それなりに快適な日々なのだ 「でもやっぱり退屈だ 俺は人を殺したいんだ」 「よっ!流石連続殺人鬼!でもマトモな人間は残っちゃいねぇだろ 気持ち良く殺せる獲物がどこにいる?」 「そうだそうだ!それならここで楽しく暮らそうぜ!」 「いや、ゆくゆくは食料も尽きてしまう それなら俺は各地を巡って生き残りを見つけては殺しまくる」 「馬鹿だねぇ まぁせいぜい頑張りな」 「所長の愛車のジープもあるし、頑丈な護送車両もある どれでも好きなの乗ってけばいいさ」 「せっかくだし覆面パトカー貰おうかな あれのせいで捕まったし」 こうして俺は愛しの刑務所を旅立った まずは愛用のナイフを取り戻す おびただしい数の人間を斬りつけて突き刺して解体した相棒を再びこの手に! というわけで忌々しい警察署へ 証拠品として押収されて資料室に保管されているはずだ この際いっそ社会見学 普段だったら絶対に見れない署長室などを見て回ろう おっ、こんなところに拳銃が!ちょうどいいから貰ってこ そういえばみずぼらしい囚人服のまんまだな 警官の制服に着替えて人畜無害に擬態しちゃおうか いや~なんだかゲームみたいで興奮してきた! なんか敵とか出てこないかな そんなこんなで楽しみながらさまよえば目的地に辿り着いた 天上まで届く大きな棚が広大な部屋にズラリと並び、そこには資料がギッシリと詰まっている 何も知らない素人がここから目的の物を探し当てるなど正に砂漠に落ちた針 到底不可能な無理難題だが俺だけは別格だ なぜなら連続殺人鬼だから 殺した人数が2桁を越えるためまとめるべき情報が単純に膨大 まるで売れっ子作家のように俺の捜査資料だけで棚1つを占有しているのだ なのでその棚を見つけてしまえばあっという間にナイフを発見 ズシリと感じる重さは懐かしく、再び味わえた喜びで泣きそうだ ちょっと誰かで試し斬りしたいわ やっぱり敵とか出てこないかな さてどこへ行こう 活きの良い生き残りはどこにいる というよりも考えるべきは神様に従わない理由 うーん、たとえば畜産農家? 自分達が労働を止めたら管理している動物を見殺しにするため従わないのでは? さらにそういった農家なら自給自足の生活ができるため、こんな状況でも生き残れる ならば探すべきは夜間の明かり 神様の賛同者共は働かず夜間に動く必要もないため明かりなんてつけやしない 農家ならば発電機もあるだろうし、ロウソクなどの明かりがついていればすなわち生き残りが住む拠点 そこを襲って残忍に殺そう あぁ 懐かしい 胸が高鳴り笑みがこぼれる 連続殺人鬼として暴れた頃も、こんな風に思考を研ぎ澄ましてヒリヒリとした緊張感を味わっていた 久々の快感が体を巡り血を浴びたいと本能が叫ぶ そんな嬌声を必死で抑え込みながらまずは情報収集だ 闇雲な真夜中のドライブで簡単に見つかるわけもない まず探すべきはいまでも活動している農家の証拠 餌や肥料など農家専門の商品を扱う直営店へ押し入り、車で商品を運んだタイヤ痕など誰かの活動の痕跡が見つかれば自然と生き残りも見つかるはずだ といっても一発で発見できるわけもなし たまにホームセンターもチェックしながら、てんてんと店を巡って見て回る 「……ん?コレは」 するとある店で気になる物を見つけた 小さな張り紙だがしっかりとした字で『松原牧場 生存者多数』と書かれている ゾクリと背中に鳥肌がたつ これはまさか他の生存者に向けたメッセージか? 喜びで思わず叫びかける ここに行けば活きの良い獲物に出会えるのだ もはや夜なんて待ちきれない いますぐにでも殺しに行こう! この牧場はどこだ、それなりに大きい観光牧場か? 集まっている人数はどのくらいだろう 頼むから少しでも大量に居てくれ!入れ食い状態だと最高だ! はやる気持ちを抑えきれず駆け足で駐車場に向かえば 「あっ やっぱりいた! もしかしてアナタも生き残り!?」 そこには女性が待ち受けていた 久々に見る生きた人間だ いまここで殺すか?いや、この口ぶりだともしかして 「俺は向井 見ての通り警官だ みんな働かず犯罪なんて無くなっちまったが、それでもこの胸に燃える正義の灯が消えてくれなくてな」 「まぁ素敵 私は松原明子、近くの牧場で生存者のコミニュティを運営しています よかったらアナタも来ますか?」 やはりあの張り紙の主だった しっかし我ながらやりすぎた気持ち悪いセリフだな 咄嗟についた偽名も疑われず、すんなり信じてくれたのならまぁいいか むしろ人が良すぎて心配になるな こんな世紀末で生き残るには善人がすぎない? 「さぁいらっしゃい ここが松原牧場よ」 「とんでもなく立派だな」 「元々大きな観光牧場でね お土産屋やレストランはもちろんコテージもあったから、受け入れ態勢万全なのよ」 「生き残りはどのくらいいるんだ?」 「私も含めて5人よ 最初はもう少しいたんだけど、途中で賛同者になる人もいたりして今はそれだけだわ」 「5人か ふむ、まぁ及第点だろう」 「ん?何が?」 「いやなんでもない そいつらに会うことはできるか?」 「もちろんよ いまちょうど畑で作業中だから挨拶しましょ」 広大な敷地をテクテクと歩く どこまでも広がる青空 山々に囲まれた牧歌的な雰囲気 平和で素晴らしいこの光景が血に染まると思うだけでたまらなく興奮する 畑につけば4人の男女が仲良く作業中だった 「みなさん初めまして 警察官の向井だ」 「初めまして 佐藤です!」 「塩田よ お兄さんホントに警察官なの?」 「なかなかイケメンじゃん ウチは森山」 「この女の子3人はみんなもとからこの牧場で働いてくれていたの それでこの男性が田畑さん アナタと一緒で後からこの牧場に来た人よ」 「初めまして よろしくお願いします」 「男性は田畑さんだけだったから、男手が増えて嬉しいわ~!力作業とか任せちゃおうかしら」 「警官仕込みの体力をご照覧あれ」 適度に挨拶を交わせばにこやかに受け入れてもらった ただ1人 不服そうな顔の田畑を覗けば ギラギラとこちらを睨みつけて出ていけと言わんばかりの圧を放っていやがる おおかた嫉妬だな? 狭いコミニュティで唯一の男だと悦に浸っていた所に邪魔者が来て苛立っているのだろう よっしゃ今夜は田畑殺したろ 態度が単純に気に食わないし、男が一番殺しがいがある 久々にしては上々の獲物でそれなりに満足だ というわけで真夜中 いつぶりかわからない暖かい手料理も食べれて英気満点 さぁさぁ待ちわびた殺しの時間じゃ! 愛するナイフを握りしめて颯爽と歩く ……で、田畑が住んでるコテージはどこだ? なんとなく教えてもらったが、暗闇で何も見えないし初めての場所で土地勘も無い えぇいままよ コテージは6棟しか無いため全て満室 つまり誰かしらは中にいる もしも開けて田畑じゃなかったらそいつを殺そう とりあえず1つのコテージに狙いを定めて突撃すれば 「いやっ 助けて!!」 松原が田畑に殺されかけていた ベットで寝ている松原を田畑がマウント体勢で押さえつけている 頭の上まで包丁を振りかぶり正に刺し殺す寸前だ いろいろと理解が追いつかないが、なによりも先に怒りを感じる 許せねぇ その女は俺の獲物だ せっかく見つけたマトモな人間なんだ! どこの馬の骨かわからねぇ男に横取りされるなんてもったいないし我慢ならない 狂った田畑が包丁を振り回して向かってきたが、動きも遅いしどこも狙わず闇雲なだけで何もかもがダメ 焦らず冷静に攻撃をかわし、軽々と喉にナイフを突き刺す さらにすぐさま抜くと手首や肘を斬りつけて腕を使えなくし、最後に胸を滅多刺し たった1分で見事な死体が出来上がった あぁ気持ちいい ナイフが肉を刺す感触 目の前の人間が肉塊となる過程 むせかえるような血の匂いも、返り血を浴びて自分が赤く染まるのも、何もかもが快感だ 久々に味わった甘美な禁忌に歓喜の雄叫びが止まらない たまらない ここからさらにバラバラにして、埋めようか燃やそうか流そうか もっと味わいたい 血を 命を 人間を 「向井さん!向井さん!!」 甲高い悲鳴で正気に戻る マズい!そういえば松原さんがいた! ためらいなく鮮やかに殺す一部始終を見られてしまった! きっと怯えて震えあがり、俺の本性にも気づいただろう もったいないがここで殺すか? 「向井さん!ありがとうございます!」 「……え?」 「流石警察官、よくわかりましたね」 「あっ、あぁまぁ 犯罪者の匂いには敏感だからな それよりも無事か?」 「おかげさまで怪我1つなく でも田畑さんがどうして」 どうやら目の前で行われた惨劇の衝撃より、信じていた田畑に殺されかけた恐怖の方が上回ったらしい 警察の制服を着ていたのも手伝って微塵も疑われていないようだ ……にしても少しはビビりなさいな やっぱりこいつ善人すぎるって 「どうしたんですか松原さん!! ――ッッ、ナニコレ!?」 他の住人も騒ぎを聞いて集まってきた 返り血で真っ赤な男 ショックを受けて呆然とする松原さん 無惨に転がる田畑の死体 「あの!違うの!みんな落ち着いて!向井さんはむしろ助けてくれて!」 「後の説明は頼んだぜ松原さん 俺は田畑の後始末をしちまうよ 申し訳ないが軽トラ借りるぜ?」 重い肉塊を引きずりながら外に出る 血塗れの男と死体が一緒じゃ松原さんの説明も頭に入らないだろう ズルズルと運び軽トラの荷台に乗せる さて、ここまでしたがどうしようか 敷地内のどこかに埋めるか?でも後からどうしてそんな場所に埋めたのよ!なんて怒られるのは嫌だしなぁ いっそ付近の山に運ぶか せっかくゲットした新鮮な遺体なので解体して楽しみたいが、その様子を誰かに見られてしまうのはマズい ならば暗い山中で楽しむのが一番かなぁ そんな事を考えていれば 「向井さん!手伝いますよ! 埋める場所を教えます」 「もういいのかい松原さん?」 「みんなへの説明ならもう済みました 納得はしていないかもしれませんが、理解してくれましたよ」 「そうじゃねぇよ アンタ自身の気持ちの問題だ さっき殺されかけた傷はもういいのかいって聞いてんだ」 「アハハ 優しいんですね向井さんは 私なら大丈夫です それよりも早いとこやっちゃいましょう 家畜が死んだ時に埋葬する場所があるんで、そこに案内します」 「全くとんだ女傑だよ」 最初にカッコつけて喋ったせいで芝居口調が抜けやしない そろそろ恥ずかしいので止めたいがいったいどうしよう…… そんなくだらない事を考えていれば強引に助手席へ押しやられ、松原さんの運転で真夜中のドライブが始まった 「ねぇ向井さん 実は私、田畑さんに迫られてたの」 「そりゃそうだ こんな状況でアンタみてぇな美人がいれば変な気だって起こしちまうさ」 「でもアタシ本当は旦那がいるのよ いまはもう神様の賛同者になってしまって何も喋らないけど、それでもまだ旦那は生きてるわ」 「ははぁ そこに俺を連れてきたから、なんだこの尻軽女は!と怒髪天」 「誘いを断った癖に別な男を連れ込んで もういい、お前を殺してやるって言われたわ 向井さんに助けてもらわなければ私いまごろ」 「たまたまだ そんなしみったれた故人の話より、旦那さんの話を聞かせてくれよ こんな大きな牧場だ、さぞかし旦那も立派なんだろう?」 「えぇ、あの人はここの3代目 私が玉の輿で結婚したわ 優しくて可愛い人でね、迷い込んだ野良猫も全部飼っちゃうし面倒見が良いお人好しよ」 「じゃあ似たもの夫婦だ アンタもこうして素性の知れない男を招き入れた もしかすると俺こそ連続殺人鬼かもしれないぜ?」 「向井さんは良い人よ なんとなくわかるもん それでこの牧場はね、神様の賛同者が増え始めた第2回目のお告げの頃が一番のピークだった 仕事を辞めた人達がこぞって押し寄せたの こりゃあいいぞと嬉しい悲鳴をあげながら、このまま続けば新しい牛舎も建てれるぞ!神様のおかげだ!なんてはしゃいでた」 「なるほどな しかし現実はあまりにも冷酷だ」 「3回目のお告げが届いたあたりから、賛同者の様子が変わっていったわ いままでは仕事を辞めて全力で遊ぶぞ!!なんて人ばっかりだったのが、そんな意思すら持たない人形になってしまった」 「ちょうどその頃に電気や水道のインフラも止まり始めたな だが人間にも変化があったのか」 「ハッキリ覚えてるわ だってウチのコテージに泊っていたもの ウキウキとした顔でブラック企業辞めてきました!ここに3ヶ月くらい泊まらせてください!ってお客さんがいてね 毎日笑顔で動物と触れ合ったり、自然を感じて幸せそうだった でもいつからか部屋から出なくなり、無理矢理扉を開けて押し入れば、物言わぬ人形のようになっていたわ」 「そんな残酷なことが いや待て、コテージに泊まっていた?コテージは全て満室じゃ」 「埋めたわ いま向かっている場所にね もしかすればまだ生きているのかも、私はそれを確認したいのよ」 「安心しな 賛同者も殺せばちゃんと死ぬ その一点だけは神様も変えちゃいねぇさ」 「そっか、そうなのね 少しだけ肩の荷が下りた気分」 「ツラい事を聞くが、もしや生き埋めにしたのは旦那か?そのせいで神様の賛同者に?」 「えぇそうよ その客以外にも神様の賛同者が何人もいてね 私達も壊れてたのよ このまま放置する、どこかに監禁する、そんな発想が全く出なかった 粛々と軽トラに載せて、敷地の端で生き埋めにした でも流石にお前は見るんじゃない、俺だけが罪を背負うと旦那が言い張ってね 最後の生き埋めにする作業だけは旦那がしたのよ」 「その気持ちは痛い程わかる 漢の意地さ バカなカッコつけさ 必死に本音を押し殺したんだろうな」 「埋め終わって帰ってきた旦那はまるで別人だった その瞬間わかったわ、もう手遅れなほどに壊れてしまったと その後気が付けば神様の賛同者に成り果てていた」 「どうしようもなく苦しくなってついに神様へすがってしまったか 優しすぎたんだな、旦那さんは」 「ねぇ向井さん この際旦那も殺してくれませんか?そうすればあの世で会えるかもしれません あの人と一緒に居るはずなのに、同じ場所で生きられないんです」 「アンタはまたそうやって大事な責任から逃げるのかい?」 「……つきましたよ向井さん ここです」 俺達は闇のなか粛々と穴を掘った 白い何かが見えても家畜の骨だと言い聞かせ、無言でひたすらに穴を掘った そこに田畑の遺体を放り込む だがまだ土は被せない そのまま松原夫婦がかつて住んでいた自宅へ向かう 「久しぶりに入るわ 旦那が賛同者になってから、ずっとコテージ暮らしだったから 幸せな記憶ばかり思い出すし、何よりも奥にあの人がいるしね」 「幸せは時に牙をむく だが幸せだった時間を思い出せるのもまた幸せさ」 程よく散らかり生活感に満ちた家をズンズンと進む 人がいると言われてもそんな気配は全くない しかし廃墟のようなおどろおどろしさもなく、総じてちぐはぐな雰囲気が気持ち悪く不気味だ 「ここです ここがあの人のいる部屋です」 「よし、覚悟はいいな 開けてくれ」 扉をあければそこには 机に向かって座る男がいた 周りには新婚旅行や結婚式の写真など幸福の残滓が光っている 「では殺しますか」 「どうすれば苦しまずに殺せます?」 「せっかく暴れないし窒息死だな うーんと、そこの枕」 松原さんはすぐに意図を察した 手に持った枕を旦那の顔に押し付ける 「大体1分半も抑えれば充分だ アンタが殺したと実感できたら手を離せばいい」 コクリと無言で頷いた松原さんを残して静かに退室 最後の夫婦水入らず こんな邪魔者の居場所はない 「向井さん 終わりました」 「おぅ じゃあ埋めようか」 ズルズルと肉塊を運び出して軽トラへ そのまま田畑の上へゴロリと落とした 「はっはー!いい眺めだな 恋した女の旦那の遺体の下敷きになるなんてとんだ喜劇だ」 「では向井さん、お願いします」 「他の住人には説明したのか?」 「言ったでしょう 納得はしていないかもしれませんが理解してくれたと もとからここで働いていた子達ですからあらかたの事情は知っていましたしね」 「そうか やっぱりアンタ素敵だぜ」 「私が住んでいたコテージの机に、再起幕府という団体のチラシが置いてあります 神様に怒られないような文明の再興を目指しているそうで、各地の生き残りに声をかけているそうですよ」 「アンタもそこに行けば良かったのに」 「動物達と、なによりもあの人を置いていけませんから」 「そりゃそうだ 野暮な事を聞いちまったな」 「いえいえ それじゃあもうそろそろ」 「おう こんな見ず知らずの男にありがとな さようなら」 「えぇ さよなら」 ニッコリと笑う松原さんの胸へナイフを突き立てる 心臓に届いた感触がした これなら間違いなく即死だろう 力無く崩れた松原さんはそのまま穴へ落ちていく 積み重なった死体の上に、ゆっくりと土を被せて眠らせた すっかり愛着の湧いた覆面パトカーに乗りながら再起幕府の本部へ向かう あれから松原牧場は残りの3人で切り盛りすることになった もう外部から人は入れず、最後まであのメンバーだけで生き残ると決めたらしい 松原夫婦を殺したことで恨まれるかと思ったが、むしろ感謝されてお土産のクッキーも貰ってしまった あ~あ たまたまとはいえ人助けをしてしまいなんだか調子が狂って気持ち悪い 残った3人惨殺しようとも考えたが、不思議と殺す気にならなかった まぁクッキー貰ったしな 一宿一飯の恩義ってやつだ それにいまから向かう再起幕府とやらにはもっと大量の人間がいる そいつらを殺せばいいだけの話だ 途中で温泉に立ち寄ったり、返り血まみれの服を捨てて新しい警察の制服に着替えたり、行きたかった神社仏閣を参拝したりと寄り道しながらゆるゆるとドライブ 数日後ようやく目的地 仙台市へと辿り着いた 「だが見た目は普通のゴーストタウン 人っ子1人いやしない 本当に本部が存在するのか?」 適当に車を走らせても活気は全く感じられず 中心のビル群からほんの少し進むだけで山が広がるの面白いな そういや仙台は杜の都なんて呼ばれてたよな なるほどなるほどこういうことかぁ あっ!あそこ野球場じゃないか? へ~!かなり中心部にあるんだな ……マズい、ドライブが楽しすぎる 当初の目的を忘れてすっかり観光だ 連続殺人鬼として逃げ回っている時も単純に行きたい観光地を選んでいた 俺は殺人とドライブが大好きなんだよ 仕方ないので仙台駅前に車を停めてここからは徒歩で手がかりを探す 駅中の売店にずんだ餅やら笹蒲鉾とか残っていないかな? 観光気分が抜けないままにブラブラと歩けば、どうやら当たりを引いたらしい 誰かの厳しい視線を感じる 「おーい!俺は向井!見ての通り警官だ!松原牧場でこの再起幕府の噂を聞いた!誰かいるんだろう?」 見つけたチーズ笹かまをムシャムシャしながら呼びかける 旨いなコレ、ちょっと醤油欲しいかも すると物陰から一人の男があらわれた 「ようこそ生き残りよ 松原牧場から来たと言ったが、そこのオーナーの名前を言ってみろ」 「松原明子 旦那さんが神様の賛同者になって苦しんでいた なんならお土産のクッキーも貰ったぞ」 「どうしてお前はここに来た? そのまま松原牧場に居ればよかっただろう?」 「松原さんは死んだ その遺言でここを紹介されたんだ」 「……そうか 旦那さんは?」 「俺が一緒に殺したよ だがこれ以上は松原さんの名誉のためにも何者かわからない男には話したくない とりあえず背後で構えているナイフを降ろしてくれ」 男はゆっくりと構えを解いた だが未だに警戒度ムンムン 素直に殺したと白状するのはマズかったか? しかしここで信用を勝ち取るなら隠し事はなしだ 「俺は再起幕府の加藤 もともと自衛隊の隊員で、本部の警備隊長を務めている」 「なるほど 怪しい人間は近づけないと」 「当たり前だ 俺の視線に気がついたのも、見えないように構えていたナイフを見抜いたのも、ただの警官とは思えない鋭さで非常に怪しい どちらかといえば犯罪者みたいだ」 「有能な仕事人の証じゃないか もしも犯罪者ならペラペラと正直に喋らないだろう?」 「ではどこの所属だ?」 「公安警察 海外テロリスト担当だった」 「適当に喋ってないか?公安ならスーツ姿のはずなのに、どうして警官の制服を?」 「わかりやすいからだよ こんな世紀末になれば犯罪者が跋扈して大変なことになる、だから俺が守ると決めたんだ ところが蓋を開けてみれば、神様の賛同者は人形のようで殺しても犯しても楽しくない!強盗をしても誰にも捕まらずスリルもない!ないないづくしで飽き飽きした犯罪者達は何も悪い事をしなくなった 夢にまで見た平和な日々さ それを見て俺も拍子抜けしてな かといって賛同者になるのは嫌だしフラフラと生き残りを探していれば、いつの間にかここに行きついたんだ いまでもこの服を着ているのは、それでも自分が警官であることを忘れないための戒めってところかな」 「確かに筋は通っているな 俺もここからお前の様子を眺めていた 普通に中心部のドライブを楽しんでいたが、パトカーには乗らないのか?」 「最初はもちろんパトカーに乗ってたさ でもそれを見て安心してくれる人間が生き残っちゃいない、犯罪者達も悪いことをしない、段々乗る意味が無いなと思って覆面パトカーに乗り換えた 公安時代はコッチに乗る方が多かったから慣れ親しんだ車なのさ 非常時にはサイレン鳴らして走れるぜ?」 嘘と真実を織り交ぜながらギリギリの綱渡りをドキドキと楽しむ 連続殺人鬼をなめるなよ?こういう修羅場はいくつも潜り抜けてきた ヒリついた緊張感がたまりゃしない 「松原夫婦を殺した理由を教えろ」 「本人から頼まれたのさ もう限界だ、殺してくれと せめてあの世で旦那と再会したいから一緒に殺してと 松原牧場はいま残りの女性3人で切り盛りしているよ」 「3人?もう1人男がいなかったか?」 「アンタもなんとなく察しがつくだろ その男が松原さんに言い寄った、でも松原さんは旦那もいるし断った そこへ俺が来てしまったから逆上して松原さんを殺そうとし、そのショックがトドメとなって松原さんは」 「……」 「俺のせいで牧場の平穏を壊してしまった その罪滅ぼしとして松原さんの願いを全て聞き、だからこそ殺人鬼がのさばるわけにもいかず逃げてきた 本当に申し訳ないことをしたよ」 「いや、その場に俺がいてもきっと同じ判断をしただろう 疑ってすまなかったな 本部へ案内しよう」 加藤に連れられて仙台駅の地下街へ まるで広大な迷路のよう 加藤の案内がなければ確実に迷う 「なんだこれは面白いな どこまで広がっているんだ?」 「仙台は意外と地下が発達していてな 隠れて活動するには持ってこいだ」 「隠れて?一体何から?」 「決まっているだろう 神様だよ」 5分ほど歩けば駅員が使う事務所についた だいぶ奥まった場所にあり、道を覚えた自信がない 「なぁ加藤 ここまで1人も生き残りを見てないが?」 「その説明は中でしよう」 扉を開けば数人の男女が集まっていた ザっと見回して10人程 もしやたったこれだけか? 思わず落胆が隠せない顔でポカンとしていれば 「アッハッハッハ 初めて表情が崩れたな」 「笑うな加藤 いったいどういうことだ?」 「ここはあくまでも本部なだけで、生き残り達が隠れているのはまた別だ 松原牧場のような農家に隠れていたり、それ以外にも病院や物流倉庫など様々な場所に潜伏している」 「はぁ、なるほどな」 「それに何よりも俺達が力を入れているのは学校だ」 「学校?」 「親だけが神様の賛同者になって取り残された子供達が大勢いる どうやって生きればいいのかわからず、飢えて苦しんで地獄のような日々を送っている そんな子達を集めて学校を開いているのさ」 「……そっか 子供か」 「考えたこともなかっただろう? 俺もここに来るまで子供のことなんてこれっぽっちも思い出さなかった 各地を巡っては食料や情報を集めつつ、そうした子供達を保護していく それがこの再起幕府において最も力を入れている活動さ」 「凄いなアンタら こんな状況で他人を救おうと頑張るなんて」 「ここに来た以上は向井にも頑張ってもらうからな? ほら、ボスがお目見えだ」 にこやかな好々爺がやってきた 白髪交じりのおじいちゃんだがシャッキリとして元気溌剌 だからこそこんな人が神様に歯向かうなんて予想外だ 「初めまして向井さん 私は伊達公房 元は小学校の校長でした」 「初めまして 仙台で伊達といえばもしや?」 「遠い遠い繋がりはあるようですがそれだけです それではこの再起幕府をご案内しましょう」 「ありがとうございます ですが1つだけ、この組織を造った理由をお聞きしても?」 「アッハッハッハ 正直な人ですね こらこら加藤、そんなに怖い顔しちゃダメですよ 疑問があるのはいいことです」 「不躾ですみません ですがアナタみたいな人がどうして?」 「単純です 私は絶対に子供の味方だ 子供を苦しめる者は神でも悪魔でもブチ殺す それだけです」 ほんの一瞬だけ別人のような凄みが見えた このジジイ、貼り付けた笑顔の下にとんでもない化物を飼っていやがるな さしもの俺も殺す気が失せる それほどの恐怖を感じてしまった 「さて、まずはこの本部から 主な業務は情報の統率です 現在の食料はどのくらいか、何人の生き残りがここにいるのか、それから松原牧場のようなコミニュティがどこにあるのかも把握していますよ」 「だからこんな少人数なのか」 「えぇ 人員の多くは外に割いています ぜひそちらもご案内しましょう」 伊達に連れられて車に乗り込む 最初に目指すは農家エリア 仙台市の郊外にある田んぼや畑を丸ごと使い、大規模な農業をしているらしい 「そこに学校もあるんですよ 子供が54人、大人が30人はいますね」 「そんなにいるのか!? いままで子供なんて1人も見なかったぞ」 「ええ、多くは家の中に隠れていますから 外に出るのは不安で怖い かといって家の食料はどんどんと尽きていく 助けを求めても親は何も言わない人形のよう この苦しみがいかほどの物か、私達大人には想像もつきません」 「だから多くの人間と一緒にすることで、孤独感を取り除いているのか」 「正しくその通り ほら見えてきましたよ、あれが学校です」 その光景を目の当たりにして言葉にならない不思議な感情が押し寄せる 校庭で楽しく遊ぶ子供達 ドッジボールをしたり、砂場でままごとをしたり、鉄棒にぶら下がったり笑い声が絶えない ごく普通の当たり前な光景なのに、まるで夢を見ているかのように現実感が無い それほどまでに楽しそうな子供達の姿はこの世紀末では異様だった 「伊達さん、どうやら俺は感覚が麻痺していたようだ アンタが守ろうと決意した気持ちが少しだけわかった」 「そうでしょう 辺りに広がる畑ではジャガイモやサツマイモなどのイモ類と米を中心に育てつつ、サトウキビとトウモロコシも植えていますよ」 「ん?あそこにいるのは先生か?腰から何かぶら下げているが」 「あぁ、鉈ですよ 万が一の時にはズバッと」 「それはたとえば誰かが発狂して暴れた時、という事か?」 「それもありますが、外部から危険な人物が来た時に対処するため、辛くなったら自決するため、あとは何よりも獣ですね」 「獣?狸や狐か?」 「熊、猪、たまに猿 もちろん猟銃を扱える人もいるのでその人を呼びますが、チャンスがあれば鉈でバサリで食料ゲット さらにほら、あそこにいるのが猟犬達です 普段はアニマルセラピーでみんなを癒しながら、いざとなったら噛みついてもらいます」 「流石にチワワには荷が重くねぇか?」 「それほどお肉は貴重なので 捌いているとたまに意外な物が」 「やめてくれ そりゃまぁ奴等にとって神様の賛同者なんてのはご馳走だろうが」 「アッハッハッハ それでは次に行きましょうか」 車に押し込まれてドライブを再開 それにしても予想以上の人口に驚いた 農作業で鍛えられた体で武器を持った大人が30人 う~む ムラムラしてきたな 殺してぇぇ 伊達と加藤がいる本部からも離れているし犯行に及ぶならここだろうな そんな事を考えていればいつの間にか潮風の匂いがする 「ん?伊達さん、この匂いは」 「えぇ 海辺に来ました 仙台港と呼ばるエリアですね」 「仙台港?じゃあまさか」 「船を動かしています 漁をするのはもちろん、函館や横須賀、大阪に福岡など遠くの子供達を救うために使っていますよ」 「まさか船長が生き残っているとは」 「いえいえ、確かに生き残っていた人もいましたが素人も混じっています」 「は?素人が船の運転を?」 「誰だって最初は素人です 人間は何か没頭できる物がないと狂ってしまいますから、生き残った船長に教えていただいて漁師デビューさせました」 「アンタなかなかのやり手だな」 「といっても各港の危険な場所や座礁しやすいポイントがわからないので、現状大きな船はあまり使っていません このエリアで一番大事なのはあの倉庫です」 そこには大量の観光バスが止まっていた よく見れば倉庫に何かを運んだり、なにやらいそいそと働いている 「あのバスで全国各地を周りながら、子供や食料を集めています」 「そうして集めた食料を保管するのがあの倉庫ってわけか」 「大正解 主に缶詰やカップラーメンなど賞味期限が長い物、それから砂糖やお菓子など甘い物を中心に集めています 何をどれだけ集めたかは全て本部に報告してもらい、均等な分配を心がけていますよ」 「でもそんなの危なくねぇか?たとえば犯罪者からしてみれば、活きの良い人間と食料がドッサリの宝船だ」 「もちろんそこも対策済みです バスには運転手以外に最低5人の大人が乗っています 全員が自衛隊用の装備で武装しているので、いざとなれば返り討ちですよ」 「ここまで完璧だと恐怖を覚えるな でもみんなどうしてアンタに従うんだ? そんな装備があればクーデターだって容易だろうに」 「生きる意味を与えていますからね ここに来た生き残り達は誰も彼も働きたい、言い換えれば自分が生きている意味と証拠が欲しいんです だから漁のやり方を教えれば学ぶし、バスを運転して食料を集める仕事にやりがいを感じる やはり人間は美しいですねぇ」 「思った以上の復興具合で驚いているよ 電気や水道の復旧も近いんじゃないか?」 「もうしてますよ」 「……は?」 「ダムを復旧させて水力発電と、風力発電や太陽光発電なども合わせてそれなりの電力を生んでいます TVなんてはもう使えませんし、節約を心がければ意外とどうにかなるものですよ 水道はシステムを把握して動かし始めています 先程見た農業エリアで正にいま実験中ですね」 「んなアホな」 「やろうと思えばやれてしまうんです どうせ世界は終わりましたから この際ダムを壊そうと下水処理場が爆発しようと関係ねぇやの精神です」 アハハと快活に笑う伊達を見て心の奥底がゾクリと冷える カリスマ性に満ち溢れたリーダーというより、人心掌握が得意な詐欺師 なんとなくそんな印象を受けた もしもコイツが悪事に手を染めれば一門の傑物になったかもなぁ 「さて最後に病院へ行きましょう」 「もう何を聞いても驚かねぇよ そりゃあ病院もあるだろうさ あとはなんだ?動物園か?」 「残念ながら動物園は閉めました 全ての動物が死んでいたので」 海辺からまた山へ 中心部の大きな大学病院にやってきた 「もしかして医者も素人か?」 「流石にそれはありえません 周りの看護師は素人ですがね 薬が貴重なので薬草などの漢方を中心としつつ、栄養不足の子供を一時的に入院させたりもしています」 「にしては随分と大きいな そこらの町医者で良かったんじゃ」 「いえいえ、それだと研究が出来ないですから ねぇ連続殺人鬼さん」 「……いつから知っていた?」 「おや!否定しないんですね 意外と潔い」 「なんとなくアンタに隠し事は出来なそうでな 騙せるのは加藤までだ」 「アッハッハッハ 確かにそうですね、加藤は素直で社会知らずだ 学校に携わる者としてあんな事件は忘れませんよ 向井さんを見た時になんとなく、逮捕された犯人の顔写真に似てるな~と 流石に本名は思い出せませんがね」 「いまはネットも無いしバレないと思ったんだがなぁ いい記憶力してるぜ で、どうする?俺を殺すかい?」 「そのつもりならとっくに静かに殺してますよ アナタは連続殺人鬼だが、子供は1人も殺さなかった ならばまだ利用価値ありです」 「本当にそうか?たまたま子供を殺さなかっただけかもしれねぇぜ?」 「じゃあもしも殺していいと言われたら、子供を殺しに行きますか?」 「行かないね 殺してもつまらん まずはアンタ、次に加藤を狙うだろうな」 「それだけで充分です ついてきてください」 病院を離れて裏側にある大学の敷地へ 大きな建物の扉を開け、さらに階段で地下へ降りる 「医科大学には遺体解剖をするための部屋があります そこを使って研究しているのですよ」 「どう考えてもろくでもねぇな 他の奴等には秘密だろう?」 「もちろんです だから向井さんを連れてきました」 独特の匂いが鼻をつく 明かりのついていない真っ暗な廊下を進めば、突き当りの部屋から光が漏れていた 「丹波さーん!入りますよー!」 「おっ、どうしたよ伊達さん ん?新入りかい?」 「えぇそうです こちら向井さん、連続殺人鬼 こちら丹波さん、イカれてる解剖医」 扉を開ければ白衣の禿げた男が遺体を切り刻んでいた 光源は僅かなロウソクのみ、しかも丹波と呼ばれた禿男はともすれば伊達よりも年上に見える なのに遺体の切断面はスッパリと綺麗でよどみなく、ともすれば俺よりも美しい 「おぉ!なんだか同業者の匂いがするねぇ アンタも人の解体が好きかい?」 「確かに好きだがどちらかと言えば殺す方が…… じゃねぇよ 伊達さん!このジジイは一体!?」 「三度の飯より人の解体が好きな丹波先生 遺体の死因解明において右に出る者はいない天才です」 「よろしくな向井さん アンタが殺した死体を一度だけ解剖したことがあるよ 綺麗な刺し傷で惚れ惚れした」 「そりゃどうもお褒めにあずかり光栄です で、コイツと一緒に何をしろと?」 「ズバリ神様の解明です どうして人間があんな意思の無い人形になったのか解き明かしたくて」 「どうしてってそりゃ神様のお告げで」 「だとしてもその仕組みが知りたい たとえば体のどこかが壊されたのか、それとも何かしらのウイルスに感染したのか、そういった仕組みが知りたいのです」 「というわけで頑固な伊達さんに頼み込まれて 神様の賛同者を数人解体してなんとなく手がかりは掴んだがもっとサンプルが欲しい」 「おいおいお前ら人殺しかよ!?」 「よりによってアナタが言いますかね というわけで向井さんに頼みたいのは単純明快 どんどん殺してくださいな!」 丹波から頼まれたサンプル、たとえば20代前半くらいの若い男を捕まえてこいだの50代後半で未婚に見える女を捕まえてこいだのと注文を受けて探し回る そうして見つけた神様の賛同者を殺して運搬 ついでに邪魔になった服や肉片を中庭で燃やす これが俺の仕事となった 不思議なもんで殺害欲がそれなりに満たされるというか、遺体を運ぶと 「おっ!今回は首を一刺しか!程よく血抜きになって解剖しやすくていいぞぉ!」 「ふむふむ、ここから刺すと心臓に届くのか 角度も深さも抜群だな」 「ん?今回は外傷が無い 窒息か? いや、これは失血死の症状 ははぁん?どこかを薄く切って水につけたか?」 丹波から褒められてめっちゃ楽しい いままで殺害方法の理解なんてしてもらえず、なんというか素直に嬉しいのだ 次はどう殺して持っていこう!丹波がわからないようにしたいな! そんな想いすら芽生えている 「おーい向井さん!次は40代の疾患持ちおねがーい」 「あいよ 疾患の指定はあるか?」 「どれでもいいけど喘息系だと二重丸 てかなんかイイ匂いするね」 「さっき肉片燃やすときに焼き芋作ったのさ 食べるか?」 「いいねぇ 後で食べるからそこ置いといて」 「じゃあこの大腸の横に置いとくぞ」 そんなこんなであっという間に1ヶ月が経った 仙台市はなかなかの人口だな サンプルが尽きずありがたいぜ すると丹波が成果をあげた なんと仕組みを解き明かしたのだ 「もちろんまだ確定ではない 間違っている可能性も充分存在する」 「それでもいいから聞かせてくれ」 真剣な面持ちの伊達が急かす 心なしか口調も荒く、待ちきれない雰囲気でいっぱいだ 「ではまず神様の賛同者の過程から 最初は何も変化が無かった 単純に仕事を辞めただけだ しかし2回目のお告げで食べなくても死なず病気にもならず、ここで明確な人体改造があった」 「それについての仕組みはわかりますか?」 「残念ながらその時期のサンプルが無いので不明だ そして最後の3回目のお告げで物言わぬ人形と化した これが現在にあたるわけだな それで数十人を解体したところ、全員が欲望を感じる脳の分野が委縮していたよ」 「欲望を感じる?」 「興奮と言い換えてもいい たとえば働くことによってやりがいを感じると、脳には快楽物質が分泌される それをもう一度求めて労働に打ち込むのが人間だ パチンコなどのギャンブル、絵や小説を書く創作活動もおおまかな仕組みは一緒だな」 「それが委縮するといったい」 「快楽物質が出ても受け取れないためやる気が無くなる ようは受信機が壊れた状態さ だから何をしてもつまらずに段々と無気力になってしまう おそらくこれが答えだろう」 「なるほど だがその段々と無気力になる期間はどのくらいです?」 「流石に鋭いな これではあまりにも急すぎる おそらく神様は自然にこの状態へ持っていく計画だったのさ 長い時間をかけて人間を無気力にし、この地球にとって無害な生物へ退化させようとした しかし誰かが叛逆を企んだため、そんな時間はかけてられない!もたもたしているとせっかくの計画が水の泡だ!ということで焦って無理矢理無気力状態へ そのせいで予想以上に効きすぎてしまい、物言わぬ人形と化してしまったと」 「ふむ すみませんが簡潔にまとめてくれますか?」 「2回目のお告げで欲望を感じる脳の分野を委縮 本当はこのまま放置して自然と退化させるつもりだったが、誰かが叛逆を企てたので3回目のお告げで一気に退化させた その結果人形の出来上がり 本当はもう少し意思のある動物にしようと考えていたと予想できる」 「では私がこうして文明を復興させているのは」 「神様の考えなんぞわかりゃしないが、おそらく許されるんじゃねぇか? 絶滅させるつもりはないみたいだし、この程度を維持すれば大丈夫だと思うぞ」 「……良かったぁ!!!それを聞きたかったぞ丹波!!」 伊達は歓喜の雄叫びをあげる このままでいいのか不安だった 順調に進んでいるこの計画が、神様の一声でふいに消されるのが怖かった だがどうやらそうはならないようで一安心 ドっと押し寄せる安堵で力が抜けてしまいそうだ 「アッハッハッハ 良かったな伊達さん アンタは間違っちゃいなかった」 「えぇ えぇ!! ありがとうございます丹波さん!」 「礼を言うならそこで難しい顔してる向井さんにも言ってくれ 迅速にサンプルを集めてくれたおかげでこんなに早く解明できた」 「伊達さんも丹波さんも何を喋ってるかサッパリだ 自分は頭脳明晰だと自負していたがアンタら2人の話についていけん それに御礼など言ってくれるなよ? 俺はただの連続殺人鬼、侮蔑ならまだしも感謝だなんて気持ち悪い」 「それでも私を助けてくれたことは事実ですから 本当にありがとうございます」 「で?こっからどうするんだ?まさか賛同者を治すとか言わないよな」 「確かに脳の萎縮が原因ならばそれを治せば元に戻るかもしれません しかし戻したところでまたすぐに賛同者となって意味が無いでしょう それよりも燃料の開発に着手します」 「燃料だぁ?」 「ガソリンもいずれ底を尽き、このままではじわじわと活動が制限されてしまう かといって電気自動車では仙台を出た瞬間に役立たずの鉄屑同然 そのためバイオ燃料で走る車が必須なのです」 「そんなこと出来るのか?」 「各地を巡って子供と食料を集める際に、そういった研究をしていた国内最大手の企業からデータを拝借してきました ある程度の解析も済んでいるためすぐにでも開発に取り掛かれますよ」 その言葉通り事態は迅速に動いた 仙台市近辺でバイオ燃料の研究をしていた施設を既に抑えており、機械のメンテナンスなど全て万端 GOサインが出ればいつでも動ける状態だったのだ もちろん安定した実用化にはまだ時間がかかるだろうが、燃料の開発が始まった!というニュースは明るい希望をもたらしてくれる このまま本当に復興できるのかな? 冬になったら凍え死にそう! 私達のやってることって無意味じゃ…… そんな小さな絶望の種を綺麗さっぱり洗い流し、大丈夫!!再起幕府は着実に前へ進んでいる!!と鼓舞する吉報 モチベーションを高めるには充分すぎる効果があった 「すげぇな伊達さん いったいどこまで見えているんだ?」 「生き残りを率いる責任がありますから 私についてくれば安心できる、そう思わせないと内部分裂が始まり崩壊してしまいます だから向井さん、アナタに次の仕事をお願いしたい」 「次は誰を殺せばいい?」 「そんな物騒な話じゃありませんよ ここまで大きくなれば次第に人も増えてくる 玉石混交で悪人も善人もやってくるでしょう なので新しい関所を作ろうと思います」 「でもそれで何がわかる?前科歴も調べようがないし、お前怪しいから入国禁止!なんてのは通用しないだろう」 「そこでは名前・指紋・職歴を記した簡単な戸籍を作成します それを元に配属先を決め、どこに誰がいるのか把握するのです」 「ハハッ なるほどな それではまるで」 「犯罪が起こるのを予測しているよう、ですか?」 「その通りだ すると何だ?怪しい人物はこっそり殺せと?」 「だからそんな物騒な話じゃありませんよ 向井さんには警察になっていただきます」 「……は?」 「丹波さんと向井さんを中心にして警察を立ち上げます といってもメインの仕事は人手が足りない場所の応援など何かあれば駆けつける気の良いお兄さん達 困ったらとりあえずアイツらを呼べ!そんなお助け自警団ですよ」 「連続殺人鬼を警察にするだなんて本気かよ」 「逆に言えば誰よりも犯罪に詳しいでしょう」 「伊達さんみたいに気づいた人がいたらどうする?大混乱になりかねないぞ?」 「連続殺人鬼だという証拠がありません だからこそ全力で世論を味方につけてくださいね 向井さんはいい人だ!連続殺人鬼だなんて言いがかりをつけるんじゃないよ! そう言われるようになってくださいな」 「いやでも元警察や最悪の場合被害者の家族が」 「もしも本当にそうなったらさよならバイバイ 私は何も知らなかった!我々を騙していた卑劣なる悪人め! こんな感じでクルリと見事に掌を返して責め立てますよ」 「……俺じゃなきゃ号泣していたぞ」 こうして再起幕府はより力強く前へ前へ進み続ける 予想外だったのは生き残りがもういないこと 各地を巡り子供や食料を集めていたバス達も、段々と収穫する積荷が減ってきた 復興が進む希望の楽園があればもっと人が集まるだろう!! そんな願いは裏切られ、既に日本には生き残りがほとんどいなかったのだ 刑務所に住んでいた犯罪者ですら神様の賛同者に成り果てていた ならばこそ この仙台だけは落ちてはならない 伊達は次なる一手を考えていた 結婚だ 明るい幸せなニュースで祝福ムードを作り上げ、士気を高めて思考を前向きにする といっても誰と誰をくっつけようか こんな狭いコミニュティで恋愛を推奨するのはなかなかにリスキー でも既にくっついているアベックもいるだろうしなぁ 避妊具とかどうしよう 性病大流行で滅びましたじゃ笑えないや うんうんとうなっていれば懐かしい感覚がした 軽い頭痛にボンヤリとする意識 久々に聞く神様のお告げだ 「この声が聞こえている人類諸君 すなわち君達は私に賛同する気がないのだね 悲しいがお別れだ さようなら」 「せんぱーい ウイルス散布終わりましたよ 人形以外は死にました」 「うむ これでようやく平和になったな 神様という概念は利用しやすくて助かった」 「人類が産み出す文化も好きでしたが、宇宙にまで手を伸ばすのはやりすぎです たまに目撃されちゃって大変でしたしね」 「我々の存在に気が付くなんておごがましい せっかくの観光名所も破壊しやがるし人類なんて滅んでもいいんだよ」 「だからっていきなり無気力状態にしたのはやりすぎっすよ 許されたからいいものの僕まで怒られたじゃないでですか」 「うるせぇな どうせ最後は殺すか人形にするかの違いしかないだろう」 「確かにそうかもしれませんが」 「ほら始めるぞ!艦内放送のスイッチを入れろ!」 「あーい 3、2、1 キュー」 「惑星観光船ウツロにご搭乗の皆様 機長のマテラスと申します 当艦はまもなく惑星ナンバー0089地球へ到着いたします この星は私達ライカナ観光株式会社によって危険な原生生命体の管理と排除を行いました そのため安全な観光が可能となっておりますが、原生生命体への接触・殺害などの行為は刑法8065条により禁止されております もしも違反した場合は即座に強制送還のうえ、最低でも刑務所で500年の収監となりますのでお気を付けください また地球から何かを持ち帰る事も禁止となっております 原生生命体が作った絵画などのお土産はコチラで別途ご用意しておりますので、現地では写真撮影や見学にとどめていただくようお願いいたします それではもうまもなく着陸いたします この度のフライトは機長のマテラスと副機長のナコヤが担当いたしました」
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