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「本当に亜王様がお通りしているのね」
回廊を歩いていた時、彩娟がぽつりと呟いた。
尭はその言葉を拾い、横目で彩娟の横顔を見た。とても小さな声音だったので独り言かと思ったが彩娟がくるりとした目を自分に向けていたので、語りかけているのだと気付き、口を開く。
「玉鈴様のお力を認めたのです」
「龍の半身としてではなく、きっと柳貴妃様のお人柄も気に入っているのよ」
「……そうでしょうか」
たっぷり悩んだ末、尭は答えた。尭にとって玉鈴のゆっくりとして心優しい性格は側にいて落ち着くが、きっと明鳳には反対に感じるはずだ。
「そうですよ」
尭の心情を知らない彩娟はふふっと笑った。
「だってとてもお優しい人ですもの」
「はい。自慢の主人です」
「尭は本当に柳貴妃様がお好きね」
そう話をしているうちに目的地へたどり着いた。
尭は扉の取っ手に手をかけて、手前に引く。錆びた蝶番が硬い音を立てたのを聞いて、そろそろ替えなければな、と思う。蒼鳴宮はごく少人数しか住まないため建物が痛むのがとても早かった。職人を雇うこともあるがこれぐらいなら直すのは尭でもできる。主人である玉鈴や侍女である妹と翠嵐に力仕事を任せるのは忍びなく、鍛練の一環として担当していた。
尭は中に入ると燭台に炎を灯した。
「戻られたら呼びに来ます。ごゆっくりお休みください」
中へ彩娟を案内すると入り口付近に立ち、拝礼する。
室内を見渡していた彩娟は声をかけられ、振り返るとにっこりと笑みを浮かべた。
「ありがとう」
それに頭だけ下げて返事をすると尭は房室から出ていった。
扉を閉めると尭は中に聞こえないように浅くため息をはく。
尭は彩娟が苦手だ。
人懐っこい性格は好ましいが本心が見えないのが気味が悪い。彩娟はその出自のため幼い頃から他者に命を狙われ続けた過去がある。昔はそれが原因で本心を隠すのだろう、と考えたこともあった。
けれど、その仮面は完璧で、剥がれることはない。
「……何か隠しているんだよな」
彩娟は何かを隠している。そう、尭は考えていた。
その美貌を飾る仮面を無理やり剥いでみようと考えたこともある。
しかし、自分は宦官だ。上級妃である彩娟に乱暴を働いたとなれば玉鈴の庇護下にいても処罰は免れない。それどころか主人である玉鈴の評価も落としてしまうかも知れない。
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