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「高舜様はこんな礼儀知らずではなかったのに」
二人が去ったのを見届けてから玉鈴は小さな声で呟いた。
急に父の名を言われた明鳳はばっと顔を玉鈴へ向ける。確かに先程の自分の態度は亜王としてふさわしいものではなかった。亜王らしく振る舞おうと心に決めても長年の癖というものはなかなか抜けないものだ。それが性格なら特に。
玉鈴と視線がかち合うと彼はなんとも言えない表情を浮かべていた。これが亜王かという侮蔑と挨拶すらまともにできないことへの軽蔑。性格を直すのは無理だという諦め。どうするべきだったという困惑の色も見てとれる。
明鳳が謝罪を口にするべきか迷っていたら玉鈴は緩慢な動きで立ち上がった。
「今夜もまたお泊まりに?」
口調はいつも通りだ。怒りもなにも伝わってこない。
「そうするつもりだ」
明鳳はくぐもった声で答えた。
「そうですか。でしたら今夜は客房を使って下さい」
「えっ」
「僕は仕事があります」
嫌だ、という言葉が口から出る前に明鳳は急いで口を噤む。今の玉鈴に我が儘を言ってはいけないと直感が囁いた。
「分かった」
本音を言えばとてつもなく嫌だ。あまり使われることのない客房は北側にあるため薄暗く、空気がこもって息苦しい。敷いてある敷布も定期的に洗濯してあるというがカビ臭く、生地も薄いのが気に入らない。
しかし、今は我慢である。
「では、失礼します」
玉鈴は礼をすると房室から出ていった。
水色の裾が見えなくなってから明鳳も立ち上がり、客房へと嫌々だが歩いていった。
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