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鈴虫が鳴く、秋深い夜。肌を撫でる清涼の風はとても冷たくて、玉鈴は布の上から腕を擦った。
「寒いですか?」
前方を歩く義遜が目敏く気付き、足を止める。
「ええ」
「昔から寒いのは苦手でしたね」
義遜は昔を懐かしむように両目を細めた。
「覚えていますか? 王太后——いえ、木蘭様が真冬に宴を開いた時、貴方は震えてそれどころではなかった」
「僕を呼んだのは昔話をするためですか?」
このまま昔話になりそうなので玉鈴は鋭い声で制した。
義遜はわざとらしく肩を持ち上げる。
「友に会えて浮かれる気持ちはわかりませんか?」
「友ではありませんし、その気持ちも理解できません」
早口で吐き捨てると玉鈴は薄暗い道を歩いて行く。
手提げ灯籠を持つのは義遜だけなので途中、石の段差に気付かずつまずきそうになった。
「おや危ない」
義遜はくすくすと笑うと前に進みでた。
「片目を隠しているから見えにくいんです」
苛立ちを隠さず、玉鈴は右目を覆う包帯を摩った。
「見えていても転ぶくせに」
「そう思うのなら最初からきちんと道案内してください」
二人そろって小道を歩いていくと朱塗りの殿舎が見えた。夜も深いのに軒下に下げられた灯籠には全て火が灯されて、皓々と輝いている。
義遜は慣れた足取りで門を潜り抜けたので、玉鈴も後を追う。が、門を守る二人の兵士によって進行は妨げられた。
「鹿丞相、申し訳ありませんが誰も通すなと亜王様から命じられております」
向かって右側にいた兵士が申し訳なさそうに言った。
玉鈴は現在、緑色の官服に身を纏っていた。宦官の中で最も低い身分が着る色だ。
兵士達は丞相が連れてきても通せないと再度、警告する。
「彼は柳貴妃様の宦官です。亜王様の許可を得て、連れてきました」
義遜の言葉に、二人は慌てて揖礼した。
「失礼します」
軽く会釈すると二人の間を通り抜け、義遜の後を追う。
手入れの行き届いた回廊を歩き、行き止まりを右に曲がる。一番最初に見えた扉の前で義遜は足を止めた。
「ここ、ですか」
「ええ。中で明鳳様がお待ちです」
扉を開き、中に入ると強烈な香の臭いが二人を包み込んだ。
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