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幽霊宮の主
整然と敷き詰められた石畳の小道は人があまり通らないためか石と石の隙間から雑草がのびのびと背を競い合っていた。その小道からある程度離れた場所には幾本もの柳の木が等間隔で植えられている。樹齢を感じさせる太い幹からは幾重にも枝が垂れ下がり、陽光を遮るため辺りは昼間なのにとても薄暗い。
「不気味だ。後宮と思えない暗さだ」
明鳳は鬱屈とした面持ちで呟いた。見てるこっちまで気分が滅入りそうだ、と眉根を寄せると後ろに控える貴閃の名を呼ぶ。
「本当にここにあいつは住んでいるのか?」
あいつとは柳貴妃と呼ばれる明鳳の妃の一人である。柳貴妃は式典や酒宴に「参加せよ」という明鳳の命令に背いてまで与えられた宮から出てこない、いわゆる引きこもりだ。
そんな引きこもり妃を尋ねるため、口うるさい丞相に公務を押し付けて、明鳳は柳貴妃の宮を訪ねにきたのだが、この小道の先に柳貴妃が住んでいる殿舎があるとは思えない。明鳳は腕組みをしながら前方を睨みつけた。
「はい。そのはずでございます」
恐怖で震える声で貴閃は答えた。三十をとうに過ぎているのに声は女性の様に高い。平凡な顔立ちには髭は一本も生えておらず、遠くから見ると女性にも見える体つきをしていた。
「外に出ず、ずっと宮の中で過ごしていると聞いております」
貴閃が話終わるのを狙ったように、生暖かい薫風が二人の横を通りすぎた。煽られた柳の枝がさわさわと音を奏でる。貴閃は驚きに小さく悲鳴を溢すとふっくらとした体を丸め込んだ。
それを明鳳は冷ややかな目で眺める。
「お前の怖がりもそこまでいけば笑えるな」
「……お恥ずかしながら生来より、幽鬼の類いは得意ではありません。あれは暗く、じっとりとした場所を好みますゆえ、ここは、その、恐ろしくてなりません」
貴閃は青くなった顔を見られないように俯いたが数秒後、何かを決心したかのようにぱっと面をあげた。
「明鳳様、今すぐ引き返しましょう。柳貴妃様の不興を買えば国が傾きます。呪われるとも言われております」
周囲を見渡しながら貴閃は懇願する。
明鳳はそれを一瞥すると鼻で嘲笑った。
「恐れる事はない。俺は亜王だ」
胸を張り、自信に満ちた表情で明鳳は貴閃の静止を無視し、薄闇に染まる小道を歩み始めた。
それに何を言っても無駄だと悟った貴閃は背を丸めつつ、明鳳から離れまいと後を追った。
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