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歩みを進めるにつれ道の左右に植えられた柳の木の間隔が近くなり、周囲を染める闇が濃くなり始める。それにつられ、風も冷たさを孕み始め、辺りは不気味な雰囲気を醸し出した。
その恐ろしい空気に触れられ、貴閃は額に脂汗を浮かべた。さわさわと揺れる柳の枝の下に幽霊が佇んでいるように見えて、周囲を視界に入れない様に顔を伏せ、前を歩く明鳳の黄袍だけを追う。
「おい、あれか?」
ふいに明鳳が歩くのをやめた。
何事かと貴閃が視線を上げれば古びた御殿が見えた。
「はい。柳貴妃様に与えられた蒼鳴宮でございます」
貴閃は頷いた。
——蒼鳴宮。
後宮の奥深く、まるで世から姿を隠すようにひっそりと建設された殿舎はその名が示すように壁や柱、屋根瓦に至るまで全て青色で統一されていた。その色合いから落ち着いた印象を与えるが、他の妃嬪が住む宮に比べるととても質素だ。恐らく建設された当時のままなのか、年月によりややくすんだ青色と周りを覆うように植えられた柳が太陽の光を遮るためか全体的におどろしい雰囲気に包まれている。
「幽霊宮、と言った方がしっくりくるな」
人が住んでいるとは思えない荒れた外観に明鳳は片眉を持ち上げた。よく見れば外壁には蔦がはっていたり、劣化しヒビが入っている箇所が所々にある。
「本当にここに柳貴妃は住んでいるのか?」
胡乱げな眼差しで明鳳は背後に控える貴閃に問いかけた。
「そのはずでございます」
貴閃は額の汗を拭いながら答えた。
「柳貴妃様に与えられたのはこの蒼鳴宮のみ。ここから出ることはないと聞いております」
「まあ、いい。入れば分かることだ」
「え、入るのですか?!」
「当たり前だ。あの女に直々に尋ねなければ気が済まぬ」
忌々しそうに明鳳は吐き捨てた。
蒼鳴宮には明鳳の心を掻き乱し、苛立たせる要因がいる。それなのに手前で引き返すなんて明鳳は考えられない。
「この俺がわざわざ出向いてやったんだ。なぜ、俺の命令に逆らうのか、あの女が何を考えているのか問い詰めてやるさ」
要因の名は柳玉鈴。貴妃という位を賜る先王の寵姫であり、現在、息子である明鳳の妃として後宮で暮らしている女の名だ。
しかし、今の関係は明鳳が望んで迎えたわけではない。血が繋がらない義理の母親を妻として迎えるという行為は近親相姦にあたる行為であり、道徳が欠けていると亜国では嫌悪されている。
できることなら婚姻を解消したいが、そうはいかない。明鳳自身、納得はいかないが柳貴妃を己の後宮に迎えたのはひとつの大きな理由があった。
それは、彼女の特異な生い立ちと立場である。
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