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「さあ、行くぞ。柳貴妃の面を見に」
明鳳は鼻で笑う。その笑みにはこの様な寂れた宮に住む女への嘲りが含まれていた。明鳳は柳貴妃を好いてはいない。強いて言うなら嫌いの部類に入る。この関係が世間からは批判を受けるものだと理解しながらも今は妻となった女性に歩み寄ろうとはした。
けれど、柳貴妃は喪に服すため三年待て、といい一度も己の前に現れない。最初は父王への操立てかとも思えども、喪があけ一年が経っても柳貴妃は己の前に現れる事はなかった。宴に参加するように再三命じても返事すらない。使者を出しても柳貴妃付きの侍女と宦官が追い払い、件の妃の尊顔はおろか、文さえ受け取って貰えなかった。
もう我慢の限界だった。
使者を出しても追い返すのならば夫である明鳳自身が向かうしかない。彼女は先王の遺言により大抵の事は許されている。そのため、宦官、侍女、下男下女は彼女を恐れていた。ならば明鳳が問い詰めるしかない。
「本当に行くんですか?」
無言で門を潜ろうとする明鳳を見て、恐る恐る貴閃が尋ねた。彼は柳貴妃は怪異が人に化けていると思っている節がある。
「そのためにここに来たんだろう」
明鳳は投げ捨てるように言うと、一歩を踏み出し、年代を感じる門を潜った。くたびれた門には門兵が一人もおらず、侘しい面持ちで二人を迎えた。
「何故、門兵がいない?」
妃が住む宮には最低二人は門を守る衛兵がいるはずだ。誰もいない門というのはやけに気味が悪い。
「柳貴妃様が不要だ、と跳ね除けたと聞いております」
「あれは貴妃としての自覚はあるのか。龍の半身と言われているがただの阿呆だろう?」
「その、聡明な方とは聞いておりますが、あまり他人と関わるのが苦手な方のようでして」
「何故、父上はその様な愚図に貴妃の位を渡したのだ」
中庭に面した廊下を歩きながら、明鳳は双眸を細めた。
貴妃は四夫人と呼ばれ、後宮では王后の一つ下の位だ。整った美貌はもちろんのこと、家柄、教養、矜持なども吟味され選ばれる。
まだ齢十四の明鳳には正妃はいない。そのため、賢妃、徳妃、淑妃に並び後宮を統べる人間とも言えた。その様な人間が住む宮に警備がいないなど、立場を理解していないのだろうか。
「ここに住むのは何人だ?」
明鳳は足を止めると中庭へと視線を投げた。中庭の草木は他の宮と比べ簡素だがよく手入れがされている。散策など季節を楽しむには十分そうだ。
噂によれば、柳貴妃は庭師を含む使用人も追い出していると聞いている。ならばこの庭を手入れしたのは誰なのだろうか。
「柳貴妃様ご自身とその侍女一人、あとは宦官一人でございます。その二人は柳貴妃様自ら選ばれたと聞いております」
「たったの三人か」
物好きな人間がいるもんだ、と明鳳はそっぽを向いた。柳貴妃に付き従う人間とは明鳳の中では変わり者と定義されている。きっとその二人も柳貴妃と同様に我が儘な阿呆なのだろう。
再度、歩みを進めようとした時、近くの房室からガラスが擦れる音が耳朶をうつ。誰かがいるのは明白だった。
貴閃が止めようとしているのを横目に、明鳳はゆっくりと扉を開け放った。
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