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「——それで、彼女達から柳貴妃様の機嫌を伺って欲しいと頼まれたのです」
話を聞いた明鳳は渋い顔をすると玉鈴に視線を投げた。
「呪ったのか?」
「呪うなんて恐ろしい。……そんなこと私がするとでも?」
疑いの眼差しを受け、玉鈴は袖で口元を隠すと悲しげに睫毛を伏せる。
「すると聞いたことがあるぞ」
過去に聞いた噂を思い出し、明鳳は声を震わせる。
「お前を怒らせれば国が傾くと皆、言っていた」
「別に国は傾きませんよ」
あの噂は本当だったのか、と顔を青くさせた明鳳を一瞥し、玉鈴は頬に手を当てた。
「私はただ犠牲になった動物達に止めるように頼んだだけです」
「呪ったではないか」
「呪ったのではなく、頼んだのです」
頑なに認めない玉鈴を問い詰めるのを諦めたのか明鳳はわざとらしい咳払いをする。続いて視線は彩娟へと向けられた。
「で、その妃の名は?」
「……さあ?」
彩娟は首を傾げる。名は知っているが玉鈴との約束があるので知らないフリをした。
「知らないのか?」
「はい。彼女は顔を隠していて、名乗りませんでした」
言い終わるのと同時に明鳳が拳で卓を思いっきり叩いた。
「その話を聞いて可笑しいと思わなかったのか?!」
「い、いえ、その……」
怒号に肩を跳ねさせると彩娟は視線を床下に彷徨わせた。どう言えば明鳳の怒りを抑えることができるのか一心に考えを巡らせていた時、
「また、壊す気ですか?」
静かに見守っていた玉鈴が抑揚を感じない声を発した。
「壊れてはいない」
しまった、と顔を青くさせた明鳳は震える声で否定した。卓は叩いたが罅も入っていなければ、凹んでもいない。だから大丈夫だ、と訴えるが玉鈴が鋭い声で「黙って下さい」と命じる。
「この件は私が対応します。貴方は見届けるだけでいいのです」
「お前はこの件を軽く見ているのは分かった」
きっと玉鈴のことだ。犯人を捕まえても罰を受ける必要はないと妃の名を答えないのは容易に想像がつく。
明鳳は亜王だ。王として罪を犯した者には公正な判断を下す必要がある。
そう、分かってはいるのだが、
「つ、罪は罪だ。だから、えっと、きちんと罰せねばならないんだ!」
恐怖に支配された明鳳は震える声で叫んだ。
認めたくはないが明鳳は玉鈴が恐ろしくて仕方がない。別に呪術に精通していることや龍の子としての立場が要因ではない。明鳳が恐ろしいのは自分がしでかした悪行を、父である先王に告げ口されることだ。先王が病没し、鬼籍に入った今、それが可能なのは隣にいる玉鈴のみ。
だから、逆らえない。
けれど、犯人を見逃すのも許せない。
明鳳は己の正義感と保身の狭間で揺れていた。
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