雪玲の野望

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 当たり一面の雪化粧を前に、雪玲は深く息を吐くと上掛けの襟元を手繰り寄せた。義父である鳴紫旦(したん)が北方の遊牧民から仕入れたという獣皮の上着は肌馴染みもよく暖かいが、いかんせん外が寒すぎるためあまり意味なかった。もう一枚、内衣(したぎ)を着てこれば良かったと後悔する。 (やはり、取りに戻るべきでしょうか)  振り返ると広い銀世界の中、先程、出立したばかりの屋敷がぽつんと点在していた。この距離ならば今から取りに戻っても夕方までには帰宅できるはず。来た道を帰ろうとするが一歩踏み出したところでかぶりを振って、脳裏に浮かぶ考えを吹っ飛ばした。 (いえ、もし香蘭に見つかれば止められてしまいます)  せっかく、義弟が香蘭の気をひいてくれたのに今戻っては水の泡ではないか。雪玲が鴆に会いにいくために義弟と画策し、屋敷を抜け出したと知られればより一層と香蘭の監視は厳しくなるだろう。 「このまま、進んだほうがいいですかね」  大きく息を吐くと、雪玲は暖を取るために腕を擦りながら空を見上げた。 「やんでくれたのは良かったのだけれど……」  昨夜の猛吹雪が嘘のように吹き止み、清々しい青空が広がっていた。これが春や夏なら散歩日和と言っていい好天気だ。  しかし、眩しい。積もった雪が陽光を反射させるため、とても眩しい。目を細めても光の(つぶて)は弱まらない。 (感覚で彼らの巣までいけるけれど、これでは足跡をみることができませんね)  道中、密猟者がいないか、また鴆の生活を脅かす者がいないか確認したかったのだが眩しすぎてあまり目を開くことが難しそうだ。面紗(めんしゃ)を用意しておけばよかったと思いつつ、雪玲は愛しい鴆の巣穴へと歩き出した。
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