雪玲の野望

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 枯れた木々の間をぬうように進み、凍った湖の上を歩き、道なき道を進んでいると雪深い渓谷(けいこく)に辿り着いた。  反りだつ崖から飛び出した雪庇(せっぴ)が陽光を遮り、あたりに薄暗い影を落としている。その中で見慣れた緑色が視界に入り込み、雪玲はほっと胸を撫で下ろした。 「馬酔木、心配しましたよ」  岩に止まった馬酔木は何かに集中しているためか雪玲の問いかけに気づかない。  何度も呼びかけるが馬酔木は依然(いぜん)として何かを一身に見つめるのをやめなかった。ため息を吐くと雪玲は自分の足に体を擦り寄せる蓮華を抱きかかえた。触れられるのが大好きな蓮華が嬉しそうに両目を細めて、喉を鳴らす。その喉を指先でくすぐりながら馬酔木へと向かう。 「いったい何を見てい——」  そのまま近づくにつれ馬酔木が集中しているの正体に気付き、雪玲は小さく驚愕の声をあげた。 「——人?」  一人の男が雪上に倒れていた。  馬酔木との距離はおよそ七尺(約二メートル)。ほんの短時間でも十分に死に至らすことができる距離だ。その証拠に男は指ひとつ動かさない。力なく腹這いになっている様子から男の死を悟った雪玲は目尻を釣り上げると岩の上に居座り続ける馬酔木を睨みつけた。 「あなたがやったの?」  雪玲の問いかけに、馬酔木は軽やかなさえずりで「そうだ」と答えた。 「家族を守るため戦ったの。けれど……」  雪玲は眉根に皺を寄せる。 「人を襲ってはいい理由にはならないのは賢いあなたもよく分かっているはず。彼は武器を持っていません。ただ知らずにこの山を訪れただけですよね?」  怒気を孕んだ物言いに、馬酔木は気まずそうに視線をそらす。雪玲の怒りが己に向いていると分かっている様子だ。
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