雪玲の野望

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 焚き木が爆ぜた。鋭い音とともに赤い火花が宙を舞う様子を、雪玲は長椅子に腰掛けながらぼうっと見つめた。  先程、薪木を数本追加で入れたので火の勢いは強いが室の温度はまだまだ低い。もう何本か追加で投げ入れようとした時、香蘭が室に飛び込んできた。急な来訪者に雪玲が目を丸くさせると香蘭は大股で近づき、雪玲の肩を掴んで前後にゆすった。 「お嬢さまっ!! あなたというお方はなにを考えているのです?!」  どうやら他の使用人から話を聞いたようだ。どう説明を受けたかは知らないが「鴆毒に当てられた人間を拾ってきた」ということは伝わっているはず。つまり、 (みんなに会いにいったのがバレてますね)  雪玲は遠い目をする。彼らに会いに行ったとなれば、香蘭の監視はより一層と厳しいものとなるに違いない。今までのように簡単に屋敷を抜け出すことはできないだろう。 「なにゆえ鴆の巣窟で、行き倒れた人間を連れてきたのですかッ?!」  側で眠っている男への考慮なのか、香蘭は小声で叱責を続ける。 「お嬢様は昼間、商談に参加すると紫雲(しうん)様がおっしゃっていたのに……!! もしかして、今までも何度もわたくしを(たばか)ったのですか!?」  紫雲とは義弟の名である。  姉弟二人に騙されていたことが発覚し、香蘭は怒り心頭の様子。気のせいかその頭上には湯気が見える。  怒りのなすがままに香蘭は雪玲を揺すった。  最初は騙していたことの罪悪感から揺すられることを甘受していた雪玲だったが次第に吐き気が込み上げてきたこともあり、香蘭の手を軽く叩く。 「香蘭、やめてください。揺すらないでください。頭がぐらぐらして気持ち悪いです……」 「この現状をしかとご理解なさっていますか?」  臥台(しんだい)で眠る男を指差した香蘭は鬼のような表情で雪玲を睨みつけた。 「はい。彼の着替えを任せた使用人から宦官であると聞いています」  宦官——陽物を切り取られた男性。彼らの仕事は瑞王の花園、後宮の管理だ。 「お召し物も上質で、挿されていた刺繍も庶民のものとは思えないほど精密でしたね」  淡々と事実を述べる雪玲と違い、香蘭の表情はみるみる青白くなっていく。
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