雪玲の野望

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 室を出て、中庭に面する回廊(ろうか)を歩いていると緊張の糸が切れたのか香蘭がへたり込んだ。 「……どうすれば、なぜ、バレたの。だって、今までずっと、平和に……なんで……」 「香蘭、落ち着いてください」 「落ち着いていられますかッ!!」  胸を抑えた香蘭は怒りのままに声を発する。 「お嬢様はこの事態を軽視してますわ!!」 「香蘭、声を抑えて。他の方が起きてしまいますよ。あの人にも聞こえるかもしれません」  指摘され、香蘭はでかかった言葉をぐっと喉奥へと押し込んだ。 「安心してください」 「なぜ、お嬢様はそんなにも冷静でいられるのですか……?」  鼻をすすりながら香蘭は「わたくしはできませんわ」と弱音を吐いた。  その震える体を抱きしめ、青玉の耳飾りが揺れる耳朶(じだ)に唇を寄せた雪玲はそっと言葉を囁く。 「彼の目的が(雪玲)ではないと考えたからです。理由は二つ。まず一つ、彼が瑞王の命で雪玲を探したとしてもなぜ恵華山へ(おもむ)いたのでしょうか。雪玲が鴆と共に暮らしていると考えたからから? ……いいえ、毒羽の乱が起きてから何度も恵華山には兵士が派遣されましたが雪玲の姿は見つかりませんでした。人が暮らした痕跡も見つからなかったことから瑞王は兵士の派遣を取りやめました。それなのに八年の歳月が経った今、人を寄越すでしょうか? それもたった一人の人間であり、宦官を」 「それは、山に出入りするお嬢様が雪玲だと邑の者が密告したのでは……?」 「それなら彼はこの家に来て、すぐに私を捕らえるはずです。わざわざ恵華山に危険を冒して近づく必要はありません。だから密告者はいないと考えられます。そして、二つ目。彼の手持ちに人間の捕獲を目的とするものはありませんでした。彼を屋敷に届けた後、私は紫雲の協力の元、山を探して彼が落としたであろう荷物を探し、見つかったのは鳥用の罠と鳥籠、解毒薬……。そこに雪玲を捕らえるための道具はありませんでした」 「では、何のためにあの山へ」 「彼の目的は鴆の生け捕り、もしくは死体を回収することでしょう。瑞王がなんのために鴆を欲しているのかは分かりませんが」  だから安心して、と雪玲が語りかけるも香蘭は難色を示した。 「だからって、いつバレてもおかしくない状況ですのよ」 「そんなに挙動不審だとすぐバレてしまいますね。香蘭、堂々としていればいいのです。私達は鴆毒に冒された男を助けた。それがたまたま宦官だった。——後ろめたいことは微塵もありません」  顔を離した雪玲はにっこり告げた。  長きに渡り、息を殺した生活を送っていた香蘭は納得はしないものの、先程よりかは冷静さを取り戻したようで大息する。 「お嬢様は本当にお強いですわ」  諦めに似た声音で言うので雪玲は口元を袖で隠して微笑む。 「香蘭やみんなのおかげです」  落ち着いた香蘭の様子に、雪玲は抱きしめる腕を解こうとするが、 「あの、お嬢様」  申し訳なさそうに香蘭がその腕を掴んだ。
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