雪玲の野望

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「もう少し、このままでいいでしょうか?」 「あら、全然いいですよ」 「すみません。不甲斐ない乳母で……」 「幼い頃に戻ったようで嬉しいです」 「あの時とは立場が違いますけれど。……あんな小さかったお嬢様がこんなに大きくなられて、わたくしはほんに嬉しゅうございます」  王命によって董家狩りが盛んに行われた時、家族を失って不安に(さいな)まれた幼い雪玲を、香蘭は毎夜抱きしめてくれた。鳴家に匿われてもいつ彼らが裏切るのか、また追手に見つかるのかと戦々恐々する毎日。擦り減る神経に、鬱憤が積もりに積もっても雪玲が泣かず前を向けたのは香蘭が「大丈夫です」と抱きしめてくれたから。  あの時のお返しに、と抱きしめる腕に力を込めると香蘭は痛がりつつも小さく笑声をあげた。  その声を聞きながら雪玲はそっと睫毛を伏せる。 (生き伸びてくれたのはよかったのだけれど)  考えるのはあの男のことだ。 (まさか城勤めの方とは知りませんでした)  それも高位の宦官など、助けたときは考えすらしなかった。 (彼を引き入れるのは諦めるしかありませんね)  彼が瑞王の従者ならば必要以上に深く関わるのは危険だ。瑞王の信頼を得ないまま、雪玲が正体を証せば問答無用で族誅(ぞくちゅう)になる可能性が高い。  また、彼に恩を売るか、信用を得て、秀女選抜を有利に運ばせることも考えたがこれも得策ではない。瑞王からある程度の信頼を得ている男が一人の女を贔屓(ひいき)して、後宮入りさせればきっと他の妃嬪は嫉妬と嫌悪の感情を雪玲に向けるだろう。波風立てず穏便に瑞王の信頼を得るためには自らの力で生き残らなければ。 「……私って、運が悪いですね」  ぽつり、呟かれた言葉は香蘭には聞こえなかったようで静かに闇夜に溶けていった。
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