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翌日。男は気だるげな雰囲気だが思ったより元気そうな様子だった。褥に横たわりながら室の内装を観察していたが、薬湯を手にした雪玲が香蘭を伴って入室すると気だるげな動作で首を動かした。
「き、みたち、は」
呂律はまだしっかりしていない。鴆毒はまだ完全に体から抜けきってはいないのだろう。
雪玲は薬湯を卓の上に置くと優雅に拝礼した。
「私の名は鳴春燕と申します」
春燕とは鳴紫旦の実の娘で、紫雲の姉の名だ。五年間に胸の病によって鬼籍に入ったことでその名と戸籍を雪玲が使っている。
「隣におりますは乳母の香蘭です」
名を呼ばれた香蘭もつられて拝礼する。入室前は「わたくしがお嬢様をお守りいたしますわ!」と意気込みを見せていたが男を前にすると緊張が勝ったのか、その動作はどこかぎこちない。
男も名乗りあげようとするが雪玲は「そのままで」と止めた。
「まだ、痺れはとれていないとお見受けいたします。それなのに無理に筋肉を酷使しては痛めてしまいますよ」
「……」
「さあ、今朝のお薬です」
差し出された前日とまったく同じ薬湯を前に、背後にまわった香蘭によって起こされた男は嫌厭に満ちた表情を浮かべた。
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