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翌々日。薬湯を飲み干した男は居住まいを正すと雪玲と香蘭に頭を下げた。
「先日は命を救っていただき、ありがとうございます」
口から出たのは少々、訛りのある瑞語だ。男はこの地に来て間もないと雪玲は予想をたてた。
「人として当然のことをしたまでです」
胸に手を当て、雪玲は人好きのする笑顔で答える。助けた際は男が持つ利用価値目当てだったが、さすがにそれを言動に現すほど雪玲は阿呆ではない。
乳母の咎める視線に気づかないふりをしていると男はふっと相好を崩した。
「自己紹介がまだでしたね。私の名は白暘と申します」
それが男の本名ではないのは一目瞭然だ。癖のある黄金の髪に、太陽が輝く瞳、褐色の肌、彫りが深い精悍な顔立ちはどう見ても瑞人の血は一滴も流れてはいない。本名は捨てたか、捨てられたか。本人が名乗らないことには雪玲から問いただすことはできない。
雪玲は表情には一切出さず「素敵なお名前ですね」と返すと男——白暘はどこか寂しそうに目を伏せた。先程の笑顔の時も感じたが、
(なんて作り物めいた顔なんでしょう)
その表情に雪玲は内心、眉根を寄せる。短期間の触れ合いだが彼は心から感情を発しない。計算されたような、どこか作りものめいた顔をする。それが見目麗しい外見と相まって、彼を人形のように見せていた。
「体調も、受け答えも大丈夫そうですね」
考えを悟られないように、雪玲は笑みを崩さず言葉を重ねた。
「お義父さま——当主を呼んでもいいですか? あなたに色々と聞きたいことがあるそうです」
白暘は緩慢な動作で頷いた。
了承を得たことを確認した雪玲は背後に控える香蘭に目配せをする。香蘭は頭を下げると紫旦を呼びに退室した。
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